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金栗四三の妻について!再婚の経緯は?子供も調査!

ひと
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さん、こんにちは。

NHK大河ドラマ「いだてん」、見ていらっしゃいますか?

おもしろいですよね~  😆

私が熊本人だから、頻繁に出てくる熊本弁が楽しくって、余計はまっているのかも知れません。

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さて、綾瀬はるかさん演じる春野スヤは元気で明るくてすごくいいですね。

綾瀬はるかさんが歌う自転車節は、見ている私たちまで元気にしてくれます。

それにこの前は、金栗四三がストックホルムオリンピックに出場するもんだから、ものすごく張り切って応援してました。

でも・・・春野スヤさんって他の人のお嫁さんになってるんですよね?

それなのに、あんなに金栗四三に夢中になっててもいいの・・・?

春野スヤは金栗四三の妻になるということですけど、どういう経緯で再婚するのでしょうか?

とても気になったので、今回は、金栗四三の妻について、再婚の経緯について、そして子供についても調べてみました。

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金栗四三の妻について!

金栗四三の妻になった人は、春野スヤという女性です。

妻、スヤは熊本県玉名郡石貫村の出身です。

石貫村は1954年に他の11の町村と合併して玉名市になりました。

金栗四三の出身地は熊本県玉名郡春富村(今の和水町)です。

同じ玉名ではありますが、少し離れています。

大河ドラマ「いだてん」の中では、スヤの家と金栗四三の家は近所で、二人は幼なじみのように描かれていますが、それは事実とは違います。

ドラマでは、二人は道で会ったり、話したりしますが、実際は、お見合いの時が初対面だそうです。

妻になったスヤが医者の娘だというのは事実です。

またスヤが聡明でしっかりした女性だったというのも事実のようです。

妻になってからは、金栗四三のマラソンへの情熱をよく理解し、一心に四三を応援し、支え続けました。

スヤの年齢は金栗四三の一歳年下でした。

金栗四三の出身地、玉名には四三と妻、スヤとの写真も残されていますが、写真を見ると、大変可愛らしい人です。



再婚の経緯は?

ドラマでは、スヤはお金持ちの池部家の長男に嫁ぎます。

四三への想いを持ちながらも、親に従ったのでした。

でも金栗四三の妻は春野スヤということですから、一体どうやって四三と再婚することになるのだろうと興味しんしんでドラマを見ていました。

ところが実際は、再婚はしなかったのです。

本当は、金栗四三との結婚が初婚であって、再婚ではありません。

ではどういう経緯で金栗四三と結婚したのでしょうか?

実は、金栗四三は叔母である池部幾江さんの養子になります。

池部幾江さんは資産家の池部家に嫁ぎますが、子供はできず、夫に先立たれます。

それで、血のつながりのある四三を養子にして池部家を継がせようと考えました。

父親代わりとなって四三を育ててくれた長兄の実次(さねつぐ)は、最初この話を断ろうとしましたが、幾江さんの押しの強さに負け、「本人が承諾するならば」という条件付きで受けることにしました。

その頃、金栗四三はベルリンオリンピックに向けて練習を積んでいましたが、練習のために東京にいてもいいのならということで、養子縁組みを承諾しました。

それを聞いた幾江さんは、池部家の安泰のために、このまま四三に嫁を迎えようと考えます。

そして嫁探しをし、気に入ったのが春野スヤだったのです。

幾江さんからスヤを紹介された長兄の実次は、スヤを大変気に入り、すぐにお見合いをするように四三に勧めます。

そして、金栗四三が23歳、スヤが22歳の時に、熊本でお見合いをしました。

二人はその時が初対面でした。

しかし、びっくりすることに、お見合いの翌日に二人は祝言を挙げるのです。

二人は余程お互いを気に入ったのでしょうね。

それにきっと、二人の結婚を急ぎたかった幾江さんが、四三が熊本にいる間に結婚式まで済ませてしまおうと準備をしていたのでしょうね。

ドラマでは、スヤは幾江さんの長男に嫁ぎます。

これはフィクションです。

お姑さんになる幾江さん役は大竹しのぶさんがされていますね。

この前のドラマでは、嫁いできたスヤに「嫁は姑が顔を洗ってしまうまで、洗面器を持っておくものだ。」と言う場面があってびっくりしました。

でも、厳しくも温かく嫁を見守るという感じが、大竹しのぶさんの表情から伝わってきましたね。

実際、幾江さんは金栗四三とスヤの理解者であり、オリンピックに出場する金栗四三を経済的にも精神的にも支えてくれたようです。

四三は、本名は池部四三になるのですが、世に知られた選手なので、幾江さんの計らいでそのまま金栗姓を使い続けることができました。

こうして四三と妻、スヤの結婚生活が始まりますが、何と結婚式の5日後に、四三はスヤを熊本に残して東京に戻って行きます。

それから5年間、東京と熊本での別居生活が続きました。

そんな中でも、スヤは時々上京して四三を助けながら、彼のマラソン人生を支え続けたのだそうです。

しかし、こんなエピソードも残されています。

それは、1920年のアントワープオリンピックの開会前に、準備を手伝おうと上京した妻を、金栗四三は「国のために全てを忘れて走りたいから邪魔しないでくれ。」と追い返してしまったのだそうです。

私だったら「あんまりよ!」と怒るところですが、それにも妻、スヤは理解を示しました。

妻を追い返した金栗四三ですが、妻への思いは強かったようです。

アントワープオリンピックが終わり、帰国する時に妻に宛てた手紙が玉名市に残っています。

そこには、第1次世界大戦後の疲弊したヨーロッパの都市の様子が書かれています。

そして「戦は惨めなものだ。」と結ばれています。

このアントワープオリンピックの後、四三は東京女子師範学校に勤めることになり、妻を東京に呼び寄せて、やっと同居生活が始まりました。

1924年のパリオリンピックで、金栗四三は途中棄権し、それをきっかけに現役を退きます。

1930年に長兄、実次が亡くなりますが、その後二人は熊本に帰り、池部家で暮らすようになりました。

その後、金栗四三が、ある人から梨園の経営を勧められた時、妻は「あなたはマラソンに生涯を捧げるのではなかったですか。」と意見を言ったのだそうです。

妻、スヤは、当時の女性としては、大変芯が強く、意志をしっかりと持った人だったのですね。

そんな妻のおかげで、以降、金栗四三は熊本の陸上競技の普及や後輩の育成に力を尽くすことができました。



子供も調査!

それでは、金栗四三の子供についても見ていきたいと思います。

金栗四三と妻の間には6人の子供がいました。

夫が不在の中、6人もの子供を育て上げるのは、妻にとっては本当に大変なことだったでしょうね。

しかし、1940年に東京オリンピックが開催されることになり、嘉納治五郎から金栗四三に準備を手伝って欲しいとの要請があった時、妻は「子供の心配はいらないから。」と快く四三を送り出したそうです。

6人の子供達から合わせて10人の孫も与えられました。

1967年、金栗四三はスウェーデンから五輪55周年記念行事へ招待され、55年ぶりにストックホルムの競技場を訪れます。

そして念願のゴールを果たした時、「長い道のりでした。この間に嫁をめとり、6人の子供と10人の孫に恵まれました。」と語り、開場を大いに沸かせました。

6人の子供達の性別や名前は、はっきりとは分かりませんでしたが、6人のうちの2人はお名前が分かっています。

蔵土スミ子さんと金栗政子さんです。

そのうちの蔵土スミ子さんの子供の子供、すなわち金栗四三のひ孫にあたる蔵土義明(くらどよしあき)さんは、熊本市で会社員をされているそうです。

蔵土義明さんは2012年7月14日に、当時の熊本県玉名市長とともにスウェーデンのストックホルムに招待されました。

オリンピック開催100周年行事が開催されるからです。

ひ孫の蔵土義明さんは、金栗四三と同じ「822」のゼッケンをつけてマラソンコースを走り、金栗四三の功績を称えた顕彰プレートの除幕式に参加しました。

まとめ

今回は、金栗四三の妻と子供についてお伝えしてきました。

金栗四三の妻は、四三と幼なじみでもなく、再婚でもなかったのですね。

でも、大河ドラマ「いだてん」の方では、他の人と結婚していますから、どうやって金栗四三と再婚するのか、これからの展開に目が離せませんね。

最後までお読みいただいてありがとうございました。



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