川上未映子の出身高校と経歴は?家族や生い立ちも気になります!

芥川賞作家の川上未映子(かわかみ みえこ)さんの「ヘヴン」がブッカー国際賞の最終候補に選ばれました!

ブッカー賞は、イギリスで最も権威ある文学賞でブッカー国際賞は、その翻訳部門です。

すごいですね!

川上未映子さんは、出産や子育てや性についてなど、ご自分の体験や考えを赤裸々に綴り、多くの女性に支持されています。

そんな川上未映子さんは波瀾万丈とも言える人生を歩んでこられました。

今回は、川上未映子さんの出身高校と大学、経歴やプロフィール、そして家族と生い立ちに迫ります。

川上未映子さんの現在については、こちらをご覧ください。

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ブッカー国際賞最終候補作「ヘブン」についてはこちらをご覧ください。

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ブッカー賞については、こちらをどうぞ。

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川上未映子の出身高校と大学について

まず、川上未映子さんの出身高校と大学についてお伝えします。

川上未映子さんの出身高校は大阪市立工芸高校です。

川上未映子さんはこの高校でデザインを学びました。

音楽でも文学でもなくデザインなんですね。

大阪市立工芸高校は大阪市阿倍野区にある市立高校で、デザイン・美術系の専門高校です。

大阪市立工芸高校の建物がすごく素敵なんですが、これはドイツのヴァイマル工芸学校(後のバウハウス)をモデルとして建てられたそうです。

川上未映子さんは中学時代、絵が上手で褒められたので、デザイン系に進もうと思ったそうです。

でも行ってみると上手な人ばかりで、すぐにデザインの道に進むことはやめました。

大阪市立工芸高校の卒業生には俳優の時任三郎さんもいらっしゃいます。

川上未映子さんの出身大学は日本大学です。

しかし、普通に大学に通うのではなく、通信教育部で学ばれました。

通信教育部の文理学部哲学専攻科を卒業されています。

大学で通信教育を受けるというのは、余程学びたいという意欲が強かったのでしょうね。

あるインタビューで「キャンパスライフ」なんてどうでもよく、とにかく学びたかった。」と言われています。

日本大学出身の小説家にはよしもとばななさんや林真理子さんなどがおられます。



川上未映子の経歴とプロフィール

次に川上未映子さんの経歴とプロフィールについて見ていきましょう。

経歴

川上未映子さんは1976年8月29日 、大阪府大阪市城東区に生まれました。

年齢は44歳(2022年4月現在)です。

川上未映子さんは幼い頃から読み書きが大好きな子供でした。

またお母さんごっこも大好きだったそうです。

川上未映子さんは大阪市立すみれ小学校に入学しますが、新年度に新しい教科書をもらったら、すぐに最後まで読んでしまっていました。

それから、ドラえもんが大好きで、一冊丸ごと模写して藤子先生に送ったこともあるそうです。

とにかく情熱的な子供だったのですね。

そして大阪市立菫中学校に進学します。

川上未映子さんは中学生の頃から、教科書では教えてくれない、もっと深いことを知りたくて文学や哲学に夢中になります。

それで図書館に通い詰めるようになりました。

その後、大阪市立工芸高等学校でデザインを学びます。

高校時代、川上未映子さんは人より目立ちたくてオレンジ色に髪を染めたり、個性的な格好をしたりしていたそうです。

モテることよりも、いかに自分のアイデンティティーを出すかが、川上未映子さんにとっては重要でした。

大阪市立工芸高等学校は制服はありますが、デザインの専門高校なので、そういうところは一般の高校よりも校則が緩やかだったのかも知れませんね。

その頃の川上未映子さんは哲学の勉強もしたいし、歌も歌いたくてバンド活動をするなど夢がたくさんありました。

しかし、家庭が経済的に厳しい状況だったので、高校を卒業するとすぐに働き始めました。

川上未映子さんは弟さんを大学に入れるために、書店員や歯科助手、コンビニ店員、高級クラブのホステスなど、いろいろな仕事を掛け持ちして昼も夜も働きました。

そんな時、川上未映子さんは通信制大学があることを知ります。

それなら自分も行けると一生懸命に勉強をして、1996年に日本大学通信教育部文理学部哲学専攻科に入学しました。

川上未映子さんってものすごい努力家で、そして意志が強い方なんですね。

そして23歳の時、スカウトされてレコード会社と契約し、上京することになりました。

やっとチャンスが巡って来たんですね。

川上未映子さんは26歳で歌手としてメジャーデビューしましたが、CDが全然売れず、5年後にレコード会社との契約は終了してしまいました。

でも最後にアルバム「頭の中と世界の結婚」を発表し、大きな話題になりました。

後に川上未映子さんは、「歌手時代のきつかった5年間は自分をとても成長させてくれ、今の小説に大きな影響を与えている。」と言われています。

一方、歌手活動をしていた29歳の時、雑誌「ユリイカ」に詩「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」を発表し、それを読んだある編集者の方から小説の執筆を依頼されます。

こうして川上未映子さんに小説家としての道が開かれました。

処女作「わたくし率 イン 歯ー、または世界」は芥川賞候補になり、翌年の2008年、「乳と卵」で芥川賞を受賞しました。

2020年1月には、「夏物語」で本屋大賞にノミネートされます。

そして2022年4月、「へヴン」でブッカー国際賞の最終候補に選ばれました。

プロフィール

それでは、川上未映子さんのプロフィールをまとめておきます。

名前 川上未映子(かわかみ みえこ)

誕生日 1976年8月29日

年齢 44歳(2022年4月現在)

出身地 大阪府大阪市城東区

大阪市立工芸高等学校卒業

2002年、「川上三枝子」(本名)として歌手デビュー

アルバム「うちにかえろう~Free Flowers~」を発表

2004年、「未映子」と改名しアルバム「夢みる機械」を発表

2005年、アルバム「頭の中と世界の結婚」を発表

2006年、エッセイ「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」を出版

2007年、「わたくし率 イン 歯ー、または世界」で作家デビュー

同年 同作が芥川賞候補に

2008年、「乳と卵」で芥川賞受賞

2008年、日本大学通信教育部文理学部哲学専攻科入学

2013年、短篇集「愛の夢とか」で谷崎潤一郎賞を受賞

2020年、「夏物語」で本屋大賞候補に

2022年4月 「へヴン」でブッカー国際賞の最終候補に



川上未映子の家族について

川上未映子さんの父親と母親について

川上未映子さんのいくつかのインタビュー記事を見ていると、ご家族のことがいろいろと語られています。

川上未映子さんのご家族のことについてもお伝えしておきますね。

川上未映子さんの父親について、具体的なことは分からなかったのですが、絶対に文句を言えない存在で、家族の上に君臨されていたようです。

それで、川上未映子さんは今でも、父親に対しては敬語でしか話せません。

でも娘である川上未映子さんを心から愛しておられたことは確かなようです。

父親も本を適度に読んでおられたようで、川上未映子さんが芥川賞受賞時のインタビューで「家には本がなかった。」と言ったら、「あった!」と反論されたそうです。(笑)

川上未映子さんの母親は利江さんと言われます。

母親の利江さんは、家族のために朝から晩まで働いて、家事も一人でこなす方でした。

川上未映子さんの家庭は経済的に困窮していたようで、電気や水道が止められたこともあったようです。

しかし、母親の利江さんは、水道が止められた時は「探検」と言って学校に水を汲みに行ったり、電気が止まったら懐中電灯を持って怪談話をしたりするような楽観的で強い母親でした。

川上未映子さんは働き始めて、家にお金を入れるようになっても、母親は自分のためには一切お金を使わなかったそうです。

それに、どんなに苦しくても、子供達の友達が来たら食事を出すし、家出した子が来たら預かるなど、とても優しい方だったとか。

川上未映子の姉について

川上未映子さんには1歳年上の姉と1歳年下の弟さんがおられます。

姉は佐知子さんと言われ、現在は2人の子供さんをお持ちだそうです。

またエアロビクスをされています。

川上未映子の弟について

川上未映子さんの弟さんはラグビー選手の川上利明さんです。

弟の利明さんは常翔学園高校、明治大学、神戸製鋼を経てNTTコミュニケーションズでプレーをされていました。

川上未映子の夫と子供について

川上未映子さんは2006年に一度結婚されましたが、2010年に離婚されました。

元夫は、当時所属していたレコード会社の担当者でした。

その後、2008年に今の夫である阿部和重さんと出会い、2011年に再婚されました。

夫の阿部和重さんも小説家で、2005年に「グランド・フィナーレ」で芥川賞を受賞されています。

夫婦ともに芥川賞作家だなんて、すごいですね。

川上未映子さんは戸籍制度に否定的な考えを持っていて、結婚をする必要はないと思っておられましたが、夫になる阿部和重さんの強い願いにとうとう根負けしたのだそうです。(笑)

それから、川上未映子さんは子供を欲しいとは思っていませんでしたが、これも、夫の「子供が欲しい」という言葉が、子供について考え直すきっかけになったそう。

そして2012年に男の子が生まれました。

2022年現在、子供さんは10歳くらいになりますね。

川上未映子さんにとって、妊娠と出産は想像以上の大変なことだったようです。

誰にとってもそうですけどね。

川上未映子さんは育児をしながら、仕事もエネルギッシュにこなしていかれます。

その中で、ご自分の母親への思いが変わっていかれました。

川上未映子さんはずっと母親のことが心配で、「自分が助けなきゃ。」って思ってこられたんですが、自分が子供を産んでみて、母親というものは子供が元気なだけで満足だということが分かりました。

そして、母親への責任感から解放されたのだそうです。

川上未映子さんと夫の阿部和重さんは子供を育てる上で一つだけルールを決めています。

それは、「男だから女だから」という性別的な理由で仕事を分担しないということです。

子供には、その時その時、「余裕のある方が弱い方を助けるんだよ。」と教えるのだそうです。

こうやって育った子供は、将来、女性を見下すことなく、互いに尊敬しあって仕事をする大人になることでしょうね。

川上未映子さんは、35歳で初出産し子育てをする日々を赤裸々に綴ったエッセイ「きみは赤ちゃん」を出版しました。

この本は、多くの女性の共感を集めました。

川上未映子の生い立ちは?

随分いろいろと、川上未映子さんについて書いてきましたが、最後に川上未映子さんの生い立ちについて触れておきたいと思います。

川上未映子さんの父親は家にいなかったことが多かったようで、一家はほとんど母親の稼ぎで生計を立てていたようです。

川上未映子さんはそんな家庭で育ち、幼い頃から母親の姿を見てきているので、大人になっても自分がやりたいことをするのには罪悪感があり、まずは母親にさせてやりたいと思ってきました。

中学時代、春休みや夏休みに年齢をごまかして工場にアルバイトに行っていましたが、友達のように給料を自分のお小遣いに使うことはしないで、全部母親に渡していたそうです。

そんな川上未映子さんだから、弟の利明さんが大学に入る時は仕事を掛け持ちして朝から晩まで働いたんですね。

自分のことより家族や隣の人を優先する母親の生き方が未映子さんにも引き継がれているんですね。

そういう生い立ちが影響しているのか、川上未映子さんは小さい頃から「死ぬこと」について考えていたそうです。

川上未映子さんは高校3年生の時に阪神淡路大震災を経験します。

9年前の東日本大震災は直接の被災地ではない東京で経験します。

その2つの経験は、川上未映子さんに死ぬことや生きることを深く考えさせています。

他方で、とても目立ちたがり屋で、幼稚園の発表会の時、隣の子を押して中央に近づき、セリフは一番大きな声で言っていました。

それから、川上未映子さんは離れ目であることにずっとコンプレックスを持っていたのだそうです。

今はもう乗り越えておられます。

まとめ

今回は、ブッカー国際賞の最終候補に選ばれた川上未映子さんの出身高校と大学、経歴やプロフィール、そして家族と生い立ちについてお伝えしました。

川上未映子さんは美人で、とても印象的な方ですが、このようないろいろな体験をしてこられたからこそ、弱い立場からの視点もあり、多くの共感を呼ぶのでしょうね。

過去にブッカー国際賞を受賞したオルガ・トカルチュクさんやブッカー賞受賞のカズオ・イシグロさんは、ノーベル文学賞も受賞されています。

5月のブッカー国際賞の発表が楽しみです。



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