第163回直木賞候補作に、馳星周さんの「少年と犬」が入っています。
馳星周さんは、これで7回目のノミネートとなります。
私も「少年と犬」を読んでみましたが、この本には馳星周さんの犬への愛情と尊敬が溢れていました。
そして、様々な問題を抱え生きる弱い人間達への優しさも感じられます。
ノワール作家としての馳星周さんとはイメージがあまりにも違いすぎました。
今回は、第163回直木賞候補となった馳星周さん著「少年と犬」のあらすじとネタバレ、感想そして書評をお伝えします。
著者の馳星周さんについては、こちらをご覧ください。
【追記】
7月15日、馳星周さんの「少年と犬」が第163回直木賞を受賞しました。
おめでとうございます!
「少年と犬」のあらすじ
まず、馳星周さん著「少年と犬」のあらすじを見ていきましょう。
「少年と犬」は以下の6編で構成されています。
泥棒と犬
夫婦と犬
娼婦と犬
老人と犬
少年と犬
私は全く予備知識なく、「少年と犬」を読み始めたので、最初、この6編は独立した物語かと思いましたが、そうではなく、一匹の犬が様々な人との出会いと別れを繰り返しながら、最後に目的のところに行き着く物語でした。
その犬の名前は「多聞(たもん)」。
2011年に発生した東日本大震災で飼い主を失った多聞は日本列島を縦断して、あるところを目指そうとします。
では各編のあらすじを紹介します。
男と犬
舞台は仙台です。
震災で職を失った和正は、収入を得るために犯罪に手を貸していました。
和正はある日、コンビニで痩せ細った犬を拾います。
その犬の首輪にはタグが付いていて、「多聞」と書かれていました。
多聞は賢く礼儀正しい犬でした。
和正は多聞に惹かれ、飼うことにします。
和正には認知症の母とその母の世話をしている姉がいましたが、二人の生活を助けるために、さらに危ない仕事を始めます。
仕事に多聞を連れていくと、いつも仕事はうまくいき、和正にとって多聞は「守り神」になりました。
しかし、車の中で、多聞はいつも南を向いていました。
和正は、多聞は南に行きたがっていると確信します。
泥棒と犬
次に多聞を飼うことになったのはミゲルという泥棒でした。
ミゲルは多聞を連れて新潟に向かいます。
ミゲルはゴミの山から金目の物を探し、それを生活の糧にする非常に貧しい家庭に生まれました。
幼い頃、両親を殺され、姉と二人で悲惨な生活をし、稼ぐために日本にやってきて泥棒をしていたのです。
多聞はミゲルを守り、慰めてくれる存在になりましたが、多聞が南の方に行きたがっているのを察知し、多聞を自由にします。
夫婦と犬
次の舞台は富山。
中山大貴は好き勝手なことをして、妻の紗英が一人で一生懸命に働いて得た収入で暮らしています。
ある日、大貴はトレイルランニング中の山中で犬に出くわします。
この犬は熊から大貴を守ってやり、そのまま大貴と紗英のもとで暮らすことになりました。
二人はそれぞれに違う名前で多聞を呼び、多聞はそれぞれの心の支えになりました。
娼婦と犬
ここは滋賀県です。
美羽は夜道を車で入っている時に多聞と遭遇しました。
美羽は晴哉のためにいやいや風俗嬢になり、晴哉はその稼ぎでますますギャンブルにのめり込み、その借金を返すために、美羽は体を売って生活をしていました。
美羽は怪我をして倒れている多聞を抱きかかえ、病院に連れて行きます。
そして多聞と暮らし始めました。
多聞は体を張って、美羽を危険から守ろうとします。
しかし、西へ行きたがっている多聞の気持ちを知り、美羽は多聞を離してやりました。
老人と犬
弥一は島根で猟を生業として生きてきました。
しかし、3年前に妻が亡くなり、半年前に相棒の犬、マサカドが死んでからは孤独な生活を続けていました。
その弥一の家の庭に痩せ細った多聞が現れます。
多聞は孤独な弥一を慰め、温もりを与えてくれる唯一の存在になりました。
弥一はそんな多聞がいつも西南の方向を向いていることに気づきます。
しかし弥一は、多聞が自分の孤独を癒やし、死を迎える時のために、家族捜しを中断して自分のところに来てくれたと信じるのでした。
少年と犬
内村徹は、ガリガリに痩せ、怪我をしている多聞を見つけ、家に連れて帰ります。
徹には言葉をしゃべらず、一日中、犬のような絵を描き続ける光という息子がいました。
徹は岩手の釜石で漁師をしていましたが、震災の時の津波で家も船も失いました。
当時3歳だった光はその時のショックでしゃべらず笑わない子になってしまいます。
そして一家は熊本にやって来たのでした。
光は多聞を見つけ、笑顔で駈け寄って行きました。
光と多聞は深い絆で結ばれている親友のように過ごしました。
笑顔が戻り、話すようになった光を見ながら、徹と妻は、多聞は神様からの贈り物だと信じました。
「少年と犬」のネタバレについて
次に「少年と犬」のネタバレに迫りますが、まだこの本を読んでいない方はここを飛ばしてください!
馳星周さんの犬への愛情と尊敬
「少年と犬」には馳星周さんの犬への愛情と尊敬が溢れています。
馳星周さんは大の愛犬家です。
馳星周さんは、癌で余命3ヶ月になった愛犬マージのために軽井沢に別荘を買われました。
愛犬マージと最後の夏を過ごした日々については著書「走ろうぜ、マージ」に綴ってあります。
現在は、東京から軽井沢に引っ越し、2匹の大型犬と住んでおられます。
多聞の持つ気品と誇り高さは、馳星周さんの愛犬たちと重なるのだろうと思います。
多聞は死にゆく人々に寄り添うためにやって来た
多聞と出会い、共に過ごすことになる人達は死んでいきます。
なぜ、こんなに酷い設定なのかと思ってしまいますが、多聞と出会ったから死ぬのではなく、死にゆく人に寄り添うために、多聞はそこにやってくるのです。
最初の4編の主人公は間もなく自分が死ぬことを知らずに突然死を迎えましたが、最期に多聞によって慰められます。
「老人と犬」の主人公、弥一は、多聞が自分を看取るためにやって来たことを知りました。
「ひとりで死ぬんだと思っていた。それがおれには相応しい。だが、ノリツネ、おまえがいてくれた」
弥一は微笑んだ。
「ありがとう、ノリツネ」
弥一は死んだ。
「少年と犬」が最初に書かれた
小説「少年と犬」の最後に収められている「少年と犬」は、実は最初に書かれたものです。
「少年と犬」は「オール讀物」の2017年10月号に掲載されています。
そして「男と犬」が2018年1月に、その後は、小説「少年と犬」に載っている順番で発表されています。
しかし、一冊にまとめるにあたって、著者の馳星周さんは、光と多聞の絶対的な絆と奇跡の物語をぜひ最後に置こうと順番を入れ替えたそうです。
こうして、釜石から熊本まで、一番会いたくて守ってやりたい少年を求めての犬の物語が完成しました。
作家として、大震災のことを書き続ける姿勢
馳星周さんは、「少年と犬」についてのインタビューの中で、こう語っておられます。
まだあの地震、津波、そして原発の事故から、十年も経っていないにもかかわらず、被災地以外は災害のことを忘れてしまっている。でも、あの東日本大震災というのは日本人の愚かさがもっとも典型的に現れた災害だと思うし、そのために多くの命が奪われてしまった。今は新型コロナのこともあるし、一層このことを考える機会が失われてしまっているけれども、作家として、自分は東日本大震災のことを折に触れて、書いていくんだろうと思います
引用元 https://books.bunshun.jp/articles/-/5521
馳星周さんは北海道の出身で、東北に直接の関係がある訳ではありません。
でも、だからこそ、東日本大震災のことを忘れてはいけないし、作家として書いていきたいと思っておられます。
釜石で震災に遭い、熊本にたどり着いた光の一家は、またそこで熊本地震を経験することになります。
東日本大震災のショックで、声と笑顔を失った光は、再び熊本地震で命の危険にさらされますが、多聞が光を守り、身代わりとなったのです。
「少年と犬」の感想
「少年と犬」を読んでの私の感想です。
まず、多聞の描写から、著者、馳星周さんの犬への愛情と尊敬を強く感じました。
馳星周さん自身が、今までの人生の中で、どれだけ犬に助けられたのだろうと思いました。
また、各編の主人公が死んでいくので、最初は、こんなに優しい著者なのに、どうして次々に人を殺すのだと思いました。
でも読んでいくうちに、死にゆく人のところに多聞が来るのだと理解しました。
それでも、最初に登場した和正には認知症になった母と、その母を一人で看ている姉がいるのに、突然和正が死んでしまって、その二人はどうなるのだろうかとずっと心の中に引っかかっていました。
しかし、最後の最後になって、その姉から光の父、徹のもとへメッセージが届きます。
著者、馳星周さんも、自分が生み出した登場人物達を非情に切り捨てることはされなかったのですね。
私は熊本に住んでいます。
2016年の熊本地震は、人生の中でとても大きい出来事でした。
多聞が最後に熊本にたどり着いた時は、「へえー、多聞が向かっているのは九州だとは思ったけど、まさか熊本だったとはね。」とただびっくりしたのですが、まさか熊本地震が出てくるとは思いもしませんでした。
熊本地震が発生し、「余震に気をつけないと」と皆が思っていた2日後の本震。
その時の様子が描写されていて、読みながら、あの時のことがまざまざとよみがえってきました。
実際に東北から熊本に避難して来られた人々はたくさんおられます。
その方達は、人生の中で2度もあんなに大きな震災を経験しなければいけなかったのですね。
光のような子供達がたくさんいたのかも知れません。
馳星周さんは、東日本大震災を忘れずに書いて、そして熊本地震も忘れないでいてくれました。
探し求めていた光に再会し、しばしの幸せな時を過ごして、最後には光を守り、旅だって行った多聞。
多聞は本当に光の天使だったのですね。
「少年と犬」の書評も紹介
「少年と犬」の書評については、書評家、杉江松恋さんが東京新聞に投稿しておられましたので、一部を紹介します。
多聞と関わるひとびとはみな、この時代を生きるがゆえの大きな問題を抱えている。老いや病の不安、男女の社会格差、貧困生活の残酷さといった罠(わな)に足を取られているのだ。二〇一〇年代に日本は国ぐるみの機能不全に陥った。その姿が、情景として切り取られていく諷刺(ふうし)小説でもある。
少年と犬 馳星周(はせ・せいしゅう)著 | レビュー | Book Bang -ブックバン-◆機能不全の日本、飼い主に重ね 犬と家族の小説である。 日本列島を縦断しながら孤独な旅を続ける犬を狂言回しに、彼と出会うひとびとの人生を連作として描いていく。…
「少年と犬」の書評については、7月15日の第163回直木賞の発表を受けて、また紹介いたします。
まとめ
今回は第163回直木賞候補となった馳星周さん著「少年と犬」のあらすじとネタバレ、感想、書評について紹介しました。
第163回直木賞発表は7月15日(水)です。
7回目のノミネートとなった馳星周さんの「少年と犬」の受賞を期待して待ちたいと思います。
【追記】
第163回直木賞受賞、おめでとうございました!