君たちはどう生きるかの要約とあらすじについて!ネタバレが気になる!感想と考察もチェック!

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「君たちはどう生きるか」が空前の大ヒットを飛ばしています。

この本は、今から80年前の1937年に吉野源三郎さんが書かれたものです。

そして昨年8月に、羽賀翔一さんによって漫画化され、出版されてから2か月で43万部、半年で170万部も売り上げました。

同時に出された原作も売れています。

私は中学1年の時に原作を読みましたが、今回漫画本の方を読み、改めて思い出すことや考えさせられることがありました。

今回は、「君たちはどう生きるか」の要約やあらすじ、ネタバレ、感想などを通して、どうして今、大ヒットになったのか、この本の考察に迫りたいと思います。

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君たちはどう生きるかの要約とあらすじ

舞台は1937年の東京。主人公はコペル君という中学1年生。本名は本田潤一君です。

コペル君というあだ名は「人間は世の中を作っている分子だ。」という発見をした彼に「コペルニクスと同じくらいの大発見かもしれない。」とおじさんがつけてくれたものです。

おじさんはそれ以来、いつかコペル君に見せようと、コペル君の発見や日々の出来事、アドバイスなどを大学ノートに綴っていきます。

そうしてコペル君を励まし、その生き方を導いてくれる人になるのです。

コペル君のクラスに浦川君という子がいました。

その子の弁当のおかずが毎日あぶらあげだからと、いじめっ子グループから「あぶらあげ」と陰で呼ばれたり、ちょっかいを出されたりします。

ある時、それを見かねた友達がいじめっ子のボスにけんかを売ります。

その時、浦川君はけんかを止めに入り、なんと自分をいじめていたボスを助けるのです。一方的にやられるのがどんなにいやかを想像したのでした。

コペル君がこの出来事をおじさんに話すと、おじさんは、感じたことをちゃんと伝えるようにと言ってくれました。

ある日、コペル君は欠席している浦川君の家を訪ねます。そしてそこで、赤ん坊を背負って家業の豆腐屋の手伝いをしている浦川君の姿を見るのです。

コペル君は、「浦川君はほんとにすごい!」と感動します。

それを聞いたおじさんは、ノートに「浦川君の洋服に油揚げのにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃあない。」と記します。

コペル君は日々いろいろなことを発見します。

ある時は、自分が赤ん坊の時に飲んでいた粉ミルク、ラクトーゲンの缶を見つけ、オーストラリアの牛、牛の世話をする人、乳を工場に運ぶ人、粉ミルク工場の人、汽船で運ぶ人、日本の港の人、薬屋さん・・・と、何千、何万の人が自分とつながっていることを発見します。

日々、いろいろなことに気づき、また正義感に燃えて、生き生きと生活するコペル君。

コペル君は、友達が危ない時は絶対に逃げずに戦うと宣言し、なかまと約束します。

それなのに、なかまを裏切ってしまうのです。

コペル君は友達が上級生にひどい目に遭っている時、知らんふりをしてしまいます。

コペル君は自分のしたことをひどく後悔し、打ちひしがれます。

しかし、お母さんが持ってきてくれたおじさんのノートには「僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。だから誤りを犯すこともある。しかし、だから、誤りから立ち直ることもできるのだ。」と書いてあるのでした。

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ネタバレが気になる!

おじさんがどうしてそんなにコペル君に一生懸命だったのか、それはお姉さんの旦那さん、即ちコペル君のお父さんから、コペル君のことを頼まれたからなのです。

病床のお父さんは、亡くなる3日目におじさんを呼んで言いました。「私はあれに立派な男になってもらいたいと思うよ。人間として立派なものにだね。」

ですから、直接励ましたりアドバイスをくれたりするのはおじさんですけど、その後ろにはもうこの世では会うことのないお父さんの存在があるのです。

実は「君たちはどう生きるか」の漫画本の作者、羽賀翔一さんは母子家庭で育ったそうです。

この原作を読み、作品を仕上げていく中で、今まで意識に上らなかったお父さんへの思いや寂しさを感じたと語られています。

きっとご自分のお父さんとコペル君のお父さんが重なり、お父さんとの強いつながりを感じられたことでしょう。

そしてコペル君は思います。自分を励まし光を与えてくれたこのノートを自分だけのものにしてはいけない、自分と同じような子たちに読んで欲しいと。

この本の最後は、原作者、吉野源三郎さんのこのようなことばで締めくくられます。

「そこで最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。君たちは、どう生きるか。」

感想と考察もチェック!

原作が生まれて80年経った今でも、全く色あせることなく、そこにある一つ一つの言葉が光を放っています。

80年の間、この本が多くの人の人生に影響を与えたことが納得できます。

私は、「浦川君の洋服に油揚げのにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃあない。」という一文にとても感動を覚えました。

私は2年前まで中学校の教員をしていましたが、軽く見ていた友達のくらしやその生き様を知った時、子ども達にその友達への尊敬が生まれるのを見てきました。

人は自分より持っていない人、できない人をさげすもうとします。

でも、一生懸命に働いて物を作り出す姿を見た時、自分の考えがどんなにちっぽけだっかに気づくのです。

おじさんのノートにはこう書いてあります。

「あの人々のあの労働なしには、文明もなければ、世の中の進歩もありはしないのだ。・・・大きな顔をして自動車の中にそりかえり、すばらしい邸に住んでいる人々の中に、案外にも、まるで値打ちのない人間の多いことがわかるに違いない。また、普通世間から見くだされている人々の中に、どうして、頭をさげなければならない人の多いことにも、気がついてくるに違いない。」

もう一つ、印象深いところは、コペル君が友達を裏切り、自分のやった行為に打ちひしがれている時、お母さんが話してくれたことです。

若い時、重い荷物を持って石段を上るおばあさんの手助けをしたいと思いながら声をかけることができなかったこと、そのことを今でも思い出し後悔すると。

これを読み、私も思い出したことがあります。

大学生の頃、ぎゅーぎゅー詰めのバスの中でのことです。ある停留所に止まり、何人かが降りた時に、後ろの方から「降ります。」という小さな声が聞こえてきました。

前に行きたいのに、人がいっぱいで進めないのでしょう。

「あっ、運転手さんに教えなきゃ。」でも周りの人達は聞こえないふりをしているのか、誰も口を開けません。「私が言わなきゃ。」そう思うものの、その沈黙の中で、声を出すことができなかったのです。

運転手さんには「降ります。」の声は届かず、ドアは閉まり、バスは発車してしまいました。

その瞬間、私は後悔と自己嫌悪に陥りました。

「何で言えなかったの?!」

あれから40年近く経っても時々思い出し、後悔するのです。

おじさんのノートにはこう書かれています。

「人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。しかし、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、 正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。」

まとめ

「君たちはどう生きるか」、いかがでしたか?

毎日のように、人をだましたり、殺したりするニュースが流れてきます。

でも、今この本が注目を浴び、多くの人々が手に取っているということは、多くの人が自分はどう生きるべきか、その指針を求めているからなのでしょうね。

「君たちはどう生きるか。」

今、この問いを自分に投げかけてみる時なのかもしれません。

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