川越宗一さんの「熱源」が第162回直木賞を受賞しました!
実は私は、この「熱源」を今読み終わったところです。
読み出した途端に物語に吸い込まれて、樺太や北海道の対雁が眼前に広がりました。
読み終わった時、主人公達が持っていた「熱」を私ももらった気がします。
本当に素晴らしい小説でした。
今回は第162回直木賞に輝いた川越宗一さんの「熱源」のあらすじや内容、ネタバレ、書評そして感想をお伝えします。
作者、川越宗一さんについてはこちらをご覧ください。
「熱源」のあらすじや内容について
himawariinさんによる写真ACからの写真
まず、「熱源」のあらすじや内容についてお伝えします。
あらすじは、樺太で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフとポーランド人で樺太に送られたブロニスワフ・ピウスツキの二人を軸として展開されます。
ヤヨマネクフは日本名を山辺安之助と言い、その生涯は金田一京助が「あいぬ物語」としてまとめました。
「熱源」の内容もそれがベースになっています。
ヤヨマネクフ
ヤヨマネクフは樺太(サハリン)で生まれたアイヌです。
幼い頃両親を流行病で亡くしたヤヨマネクフは親戚に引き取られます。
新しい両親や兄に守られて過ごしていたヤヨマネクフが9歳の時、樺太はロシアのものになり、ヤヨマネクフの家族は「ニッポン」へ行くことになりました。
そうして北海道の対雁(ついしかり)に移り住みます。
日本への移住を世話してくれるはずだった「和人」達はアイヌに乱暴になり、村にできた学校でも、アイヌはさげすまれ、差別を受けることになりました。
ヤヨマネクフは成長して妻をめとり、息子も生まれます。
しかし村に流行した痘瘡(天然痘)が妻を奪いました。
それから数年経ち、ヤヨマネクフは「いつか故郷に帰る」という妻との約束を果たすために樺太に戻ります。
ヤヨマネクフは故郷、樺太への旅券を取るために「山辺安之助(やまべ やすのすけ)」という日本名を作らなければいけませんでした。
しかし、やっとのことでたどり着いた故郷は、もうヤヨマネクフの思う故郷ではなく、ロシア人の村になっていました。
ブロニスワフ・ピウスツキ
ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた青年です。
ロシアの同化政策によって、リトアニアの母語であるポーランド語を話すことは禁じられていました。
ブロニスワフ・ピウスツキは皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、囚人として樺太に送られることになりました。
ブロニスワフはそこで先住民のギリヤークの人々と出会います。
ブロニスワフはロシア人が横暴にギリヤークの土地を奪おうとするのを阻止し、ギリヤーク達から「兄貴」と呼ばれるようになります。
ブロニスワフはギリヤークの暮らしや言葉の研究を始めます。
ロシア人の入植によって今までの生活を奪われ、「文明」をもたらされて危機的な状況にあるギリヤークに自分は何ができるのかと、ブロニスワフは考えました。
二人の出会い
アイヌの文化を否定され、日本人にされそうになったヤヨマネクフと母語を奪われロシア人にされそうになったブロニスワフは樺太で出会います。
ヤヨマネクフはブロニスワフと語りながら、「熱」を見つけます。
文明に潰されて滅びる、あるいは呑まれて忘れる。どちらかの時の訪れを待つしか、自分たちにはできないのか。別の道は残されていないのか。想像した将来に、凍えるような感覚を抱いた。
その時、熱が生じた、それはすぐに言葉になった。
「ー違う」
道は自分で見つけるものだ。自分で選び取るものだ。
「熱源」のネタバレも気になる!
「熱源」には実在した人物が登場します。
作者の川越宗一さんはそれらの人物について資料で詳しく検証し、そしてそれに創作を加えて、フィクションを作り上げました。
そのことによって、過去に生きた彼らが今の私達の前に迫り、彼らのくらしや思いを覗き、その熱を私達も感じることができました。
ヤヨマネクフ(山辺安之助)とシシラトカ(花守信吉)は樺太で生まれたアイヌ。
二人は、1910年、白瀬中尉による南極探検の時に樺太犬の犬ぞりを担当した人物です。
ポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキはロシア皇帝暗殺を謀(はか)った罪で樺太に流刑になった人物です。
樺太で、アイヌやギリヤークなどの先住民族の文化を研究し、その資料を残しました。
ポーランド独立運動にも関わり、弟のユゼフ・ピウスツキはポーランド共和国の初代国家元首となりました。
またアイヌの女性と結婚し、ヤヨマネクフ達と交流を深めました。
「文明」という名前で、今までの生き方や文化を奪われていく先住民族と大国に占領され、自分の国を奪われるポーランド人。
それでも誇りを捨てずに生き抜こうとする熱い物語です。
ブロニスワフの「そこには支配されるべき民などいませんでした。ただ人が、そこにいました」という言葉に、人の尊厳が表されています。
序章の「終わりの翌日」というのは、第2次大戦の終戦の翌日のことです。
そして終章「熱源」もまたその日に戻ります。
「熱源」の書評を紹介
「熱源」は多くの書評家に高い評価を受けています。
その書評の一部をご紹介します。
女たちの奏でる五弦琴(トンコリ)、鮮烈な痛みとともに口元に彫り込まれるアイヌの証の入れ墨の描写が胸に残る。時代の中で、私たちは多くを失い、変化させざるを得ないが、何かをとどまらせる意思を持つのも、人間だけなのだと小説は熱く訴えてくる。
引用元 https://allreviews.jp/review/3910
小説の工夫として作者は、視点人物がポーランド人の時、「畳」を「草を分厚く編んだ方形の敷物」と書き、アイヌ人の時に「天皇陛下」にモシリカムイとルビを振る。各人の立場によって世界が変わって見えることを丁寧に示したこうした細かい遊びも奥が深い。
引用元 https://book.asahi.com/article/12767291
熱は、温度の高いところから低いところへと移動する性質を持つ。この一冊は、「ただ生きる」ことに慣れた、現代の人々の冷えた心を温めることだろう。時代も場所も異なる人々の生に触れる、歴史時代小説の真髄が、ここにある。
引用元 https://kadobun.jp/reviews/5pwawlsoudk4.html
逆境にあった二人が、歴史のうねりに翻弄されながらも、自分たちのアイデンティティを模索していく展開には深い感動があるし、自国の価値観を絶対と信じ、異なる文化や宗教を持つ人たちを見下すことの愚かさを実感させてくれる。
引用元 https://www.bookbang.jp/review/article/589918
「熱源」の感想
作者の川越宗一さんは2015年に北海道を旅行し、その時に白老町のアイヌ民族博物館を訪れました。
それがきっかけで、この「熱源」が生まれたそうです。
そこで見たものが川越さんの「熱源」となり、川越さんを突き動かしたのでしょう。
それにしても、内容も素晴らしいですが、その文章表現の素晴らしいこと!
川越さんはなんと深い感性を持っておられるのだろうと思います。
私が印象に残った文章を紹介しますね。
文明が、樺太のアイヌたちをアイヌたらしめていたものを削ぎ落としていくように思えた。自分たちはなんの特徴もないつるりとした文明人になるべきなのだろうか。
文明ってのに和人は追い立てられている。その和人に、おれたち樺太のアイヌは追い立てられ、北海道のアイヌはなお苦労している
こちらは、ヤヨマネクフの妻、キサラスイが逝く前に、琴を教える場面です。
指はもっと浅く引っかけるの。擦れ違うときに、軽く挨拶する感じ
感応するように弦が震え、澄んだ音が飛び出す。琴の胴に余韻が溢れて音に追いつき、包んだ。
強いも弱いも、優れるも劣るもない。生まれたから、生きていくのだ。すべてを引き受け、あるいは補いあって。生まれたのだから、生きていいはずだ。
戦争も何もかも、生きてる人間が始めたんだ。生きてる人間が気張らなきゃ、終わんないだろ。あたしもあんたも、まだ生きてる。なら、できることがある
それぞれの違いを認め合い、尊敬し合い、生きていきたいという川越宗一さんの願いを感じることができます。
まとめ
今回は、第162回直木賞を受賞した川越宗一さんの「熱源」のあらすじや内容、ネタバレ、書評そして感想をお伝えしました。
本当にすばらしい小説です。
今年は日本でオリンピック・パラリンピックが開催される年。
私達はアイヌの人々のことや北方領土のことなどに、もっと関心を持つべきだと思わされました。
皆さん、「熱源」、ぜひお読みください。