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加藤シゲアキの経歴と幼少期について!両親は?利き手もチェック!

芥川賞・直木賞
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NEWSのメンバーの加藤シゲアキさんは小説家としても活躍されていますよね。

加藤シゲアキさんの「なれのはて」が第170回直木賞候補作になりました。

「オルタネート」以来、2度目の直木賞ノミネートで、「オルタネート」は2021年本屋大賞にもノミネートされ大きな話題になりました。

すごいですね!

今回は、そんな加藤シゲアキさんの経歴とプロフィール、幼少期、両親、利き手そして出身高校と大学に迫ってみたいと思います。

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加藤シゲアキの経歴とプロフィール

経歴

加藤シゲアキさんは、1987年7月11日に広島県広島市に生まれました。

2024年1月現在、36歳になられます。

本名は加藤成亮(かとう しげあき)さんです。

加藤シゲアキさんは4歳の時に大阪府豊中市に引っ越し、10歳からは神奈川県横浜市で過ごしています。

加藤シゲアキさんは小学6年生の時にジャニーズ事務所に入り、テレビ『怖い日曜日 友達のJ君』で俳優デビューを果たしました。

でも、中学受験が近づいていたので入ってすぐに休みを願い出ました。

そのことで事務所からは生意気と思われ、受験後に連絡しても、ジャニー喜多川さんに取り次いでもらえなかったのだとか。

でも、社長のジャニーさんは理解してくださって、当時慶應義塾大生だった櫻井翔さんを紹介してくれたのだそうです。

ジャニーズ事務所でレッスンを開始した加藤シゲアキさんは、2001年にジャニーズJr.内ユニットJ-Supportのメンバーに選ばれました。

そして、2003年にはNEWSとしてCDデビュー。

2010年、大学を卒業した加藤シゲアキさんは4月から放送開始されたテレビドラマ「トラブルマン」で連続ドラマ初主演を果たします。

2011年には、活動名を本名の「加藤成亮」から「加藤シゲアキ」に変え、翌2012年、「ピンクとグレー」で小説家としてもデビューしました。

加藤シゲアキさん、NEWSとしても俳優としても活躍しているのに、その上、小説だなんてびっくりですよね!

2016年、処女作「ピンクとグレー」は行定勲監督による映画にもなり、「傘をもたない蟻たちは」は連続ドラマにもなりました。

「ピンクとグレー」は翻訳されて台湾、香港、マカオでも発売されるほどの人気になりました。

実は、加藤シゲアキさんは処女作「ピンクとグレー」が最初で最後の小説になるかもしれないと思っていたそうです。

それで全力を注いで書いたのだそう。

でも、書店員さんから「これからも書き続けてください。」と言われ、書き続けることが大事なんだと思いました。

そうやって次の作品「閃光スクランブル」が生まれました。

「週刊SPA!」から長期連載の依頼もあり、加藤シゲアキさんは小説家としての歩みも確かなものにしていきました。

そして2020年12月、「オルタネート」が第164回直木賞にノミネートされました。

「オルタネート」は高校生が主人公です。

加藤シゲアキさんは、ご自身が30歳を過ぎて、高校生が遠い存在になってきたと感じているそう。

「高校生を書くなら今がラストチャンス」と思い、「オルタネート」を書いたのだそうです。

「オルタネート」は2021年本屋大賞候補にもなりました。

そして、2023年12月、「なれのはて」で第170回直木賞候補に。

すごいですね!

プロフィール

それでは、加藤シゲアキさんのプロフィールを以下にまとめておきます。

名前 加藤シゲアキ

本名 加藤成亮(かとう しげあき)

生年月日 1987年7月11日

出身地 大阪府豊中市

年齢 33歳

身長 175cm

2003年 NEWSとしてデビュー。

2010年 青山学院大学法学部卒業。

2012年 「ピンクとグレー」で小説家デビュー。

2013年 「閃光スクランブル」発売

2014年 「Burn. ―バーン―」発売

2015年 「傘をもたない蟻たちは」発売

2020年12月 「オルタネート」で第164回直木賞候補に。

2021年1月 同作が2021年本屋大賞候補に。

2023年12月 「なれのはて」で第170回直木賞候補に。



加藤シゲアキの幼少期は?

加藤シゲアキさんは一人っ子で両親は共働きだったので、小さい頃は家でテレビゲームをすることが多かったそうです。

RPGが好きで、自分でもフィクションの小説を書いていました。

また両親が共働きでお忙しかったからか、しっかりと親に甘えたり、自分の感情をぶつけたりすることが少なく、人との付き合い方が上手ではなかったそうです。

加藤シゲアキさんは小学2年生の時に、クラスの中でシカトされる時期がありました。

それは、友達に嫌なことばかり言っていたから。

いじめられたくないから虚勢を張っていたのだとか。

そんな子、いますよね。

小学校の上級生になってからは友達もでき、クラスの中心的存在で、かっこつけてたそうです。

その頃はSMAPが大好きで、アイドルに憧れ、自分も芸能界に入りたいと思うようになりました。

そんな加藤シゲアキさんですが、小学1年生の時から塾に通っていて勉強も頑張り、大学進学への夢も捨てたくなかったようです。

それで、ジャニーズに入ってすぐに、受験だから休むなどという大胆な行動をしたのですね。

加藤シゲアキさんはジャニーズ事務所に入ってから、ファン向けのサイトに「吾輩はシゲである」というブログを書いていましたが、これが評判が良く、その後の小説家への道につながっているそうです。



加藤シゲアキの両親について

加藤シゲアキさんのご両親は、共働きでお忙しかったようです。

また父親の仕事の関係か、加藤シゲアキさんが小さい頃は何度も引っ越しをされています。

しかし、大変教育熱心なご両親だったようで、加藤シゲアキさんを小学1年生の頃から塾にやっておられます。

また、ご両親は子供の自立心を大事にするという教育方針を持っておられ、加藤シゲアキさんは幼稚園の頃から一人で寝ないといけなくて、それがとても嫌だったそうです。

すごく厳格そうなご両親ですが、加藤シゲアキさんがジャニーズに入るのを応援したのは、実は母親だったそう。

加藤シゲアキさんがジャニーズに入りたいという願いを持っているのを知った母親は、友人に相談して、加藤シゲアキさんが小学4年生の時に履歴書をジャニーズに送ったのだそうです。

加藤シゲアキさんのご両親は、子供を信じて、やりたいことを全力で応援する方達なのですね。

加藤シゲアキさんのご両親は共働きをされていたんですけど、高校生でデビューした加藤さんは、母親に「学費は自分で払うから、仕事辞めていいよ。」と言ったそうです。

そして趣味の手芸の教室に行くことを勧めました。

母親は、今では手芸教室の先生をされているそうです。

あっ、加藤シゲアキさんの母親のお名前はゆみこさんです。

以前、加藤さんがラジオで言われてました。

母親のゆみこさんは、加藤シゲアキさんのドラマや舞台が始まると、手作りのポーチやメガネ拭きを何十個も差し入れしてくださるのだそうです。

父親も定年を迎える前に退職されて、今は自由にお仕事をされているそう。

加藤シゲアキさんの父親は読書家で、加藤さんの小説をべた褒めして喜んでくださるそうです。

加藤シゲアキさんのご家族って、何か愛に溢れていますね。

加藤シゲアキの利き手もチェック!

加藤シゲアキさんは左効きのようですね。

食べるのも書くのも利き手は左です。

たぶん、小さい時から左効きで、ご両親が利き手を矯正しようなどとは思われなかったのでしょうね。

ちなみに手越祐也さんは、前は左利きでしたが、現在は右利きのようです。

加藤シゲアキの出身高校と大学について

さて、最後に加藤シゲアキさんの出身高校と大学についてお伝えします。

加藤シゲアキさんの出身高校は青山学院高等部です。

青山学院高等部は東京都渋谷にある私立中高一貫校です。

青山学院高等部は東京の中でも有数な進学校です。

多くの芸能人や各界の著名人の出身校ということでも知られていますね。

でも、青山学院高等部の学費は3年間で300万円を超しますので、進学は経済的に裕福な家庭でないと大変だと思います・・・。

加藤シゲアキさんが高校に通っていた時、「国語表現」という授業があり、その中で短編小説を書いたそうです。

それがとても楽しくて、また加藤シゲアキさんの作品は先生や級友に評判が良く、そのことで、加藤シゲアキさんは書くことの楽しさに目覚めたそうです。

加藤シゲアキさんの出身大学は青山学院大学です。

加藤さんは青山学院大学の法学部を卒業されました。

加藤シゲアキさんは学業の方もすごく優秀だったんですね!

青山学院大学というと、箱根駅伝の活躍で有名ですが、その他にも多方面で優秀な人を輩出しています。

例えば、小説家のあさのあつこさんや森村誠一さん、俳優の今泉洋さんや竹脇無我さんなどです。

加藤シゲアキさんは青山学院大学に通いながらNEWSのメンバーとして活躍し、俳優業もして、その上に小説も書かれていたって、人の何倍もの人生を歩んでいらっしゃるんですね!



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