垣根涼介(直木賞候補)の本名と経歴について!結婚や両親も気になります!

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さん、こんにちは。

もうすぐ第160回直木賞の発表がありますが、今回の直木賞候補者の中に垣根涼介(かきね りょうすけ)さんという方がおられます。

垣根涼介さんは今回で2回目の直木賞候補になられた方です。

また一つの作品で3つの賞を受賞するなど、すごい作家さんです。

しかし、リクルートで求人情報誌を作っていたり旅行会社に勤めていたりと、小説家としてはなかなか変わった経歴をお持ちなんです。

今回はそんな垣根涼介さんにフォーカスしてみました。

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垣根涼介の本名は?

垣根涼介さんの本名は西山陽一郎さんと言われます。

垣根涼介さんは長崎県諫早市の出身なんですが、ご実家は西山家という旧佐賀藩諫早領の最後の武家屋敷で、約150年前に建てられたのだそうです。

実は一昨日、1月13日に西山家武家屋敷が初めて公開されたということがニュースになっていました。

垣根涼介さんのファンや近所の人達が大勢訪れたそうです。

それで垣根涼介さんの本名が西山さんであるのは、多くの人達が知るところです。

ご実家は約5,000㎡の敷地を持つ武家造りのお家です。

このような環境で育ったので、時代物がお得意なんでしょうね。

垣根涼介さんは高校を卒業するまでここで過ごされました。



垣根涼介の経歴について

それでは垣根涼介さんの経歴について見ていきたいと思います。

垣根涼介さんは1966年4月27日、長崎県諫早市に生まれました。

垣根涼介さんの育ったところは豊かな自然が残っている田舎だったそうです。

垣根さんは小学6年生くらいの時に小説を読み始め、「月と六ペンス」に大きな衝撃を受けます。

「月と六ペンス」はサマセット・モームの作品で、絵のために安定した生活を捨て死後に有名になった画家ゴーギャンをモデルにした小説です。

中学校では卓球部に入りましたがすぐに辞め、夜まで友達と遊び回っていました。

高校では合気道部に入りましたが、こちらもすぐに辞めました。

先輩後輩の関係や根性論などが嫌だったのだそうです。

高校卒業後、上京して筑波大学に進学しました。

大学時代はお金も時間もツーリングに費やし、本はあまり読まなかったそうです。

大学を卒業するとリクルートに就職し、求人情報誌のインタビューやコピーを書く仕事を始めます。

しかし、周りのスタッフから軽く見られ、何か一つ自慢できるものを作りたいと思いって、一日1冊の読書を自分に課したそうです。

仕事をしていて、一日に1冊本を読み上げるなんて、なかなかできませんよね?

でも垣根涼介さんは通勤の電車の中や寝る前の時間を読書に使い、休日もほとんどを読書に費やしたのだそうです。

そしていつの間にか読書にはまっていき、2年間で700冊を読破しました。

すごいですね!

リクルートは2年で辞め、その後の1年間は就職せずにブラブラしていました。

次に就職した会社は3か月で辞め、その後近畿日本ツーリストに入社。

ここには7年半勤め、視察旅行の企画・立案を行いました。

28歳の時、ローンでマンションを買ったのですが、その後景気が悪くなり、返済できそうになくなったので、会社で働きながら帰宅後は小説を書き始めました。

夜中の12時頃に帰宅して午前2時か3時まで小説を書くという生活を2年も続けたのだそうです。

すごい根性ですね。

そして2000年、初めての小説「午前三時のルースター」がサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞します。

サントリーミステリー大賞に応募した理由は賞金が最高額だったからだそうです(笑)

その後会社を退職し、専業作家としての歩みを始めました。

そして2004年には「ワイルド・ソウル」で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を続けて受賞します。

トリプル受賞は史上初だそうです。

2005年、「君たちに明日はない」で第18回山本周五郎賞を受賞。

同年、長崎県県民表彰特別賞を受賞。

2013年、 「光秀の定理」で第4回山田風太郎賞候補に。

2016年、「室町無頼」で第7回山田風太郎賞候補及び第156回直木賞候補に。

2018年、「信長の原理」で第9回山田風太郎賞候補に。

そして2019年、同作で第160回直木賞候補に選ばれます。

結婚と妻と子供について

垣根涼介さんは結婚されているようです。

しかしあるインタビューで「離婚もした。」と言われていますから、「結婚されていた。」が正しいかも知れません。

あるいはまた結婚しておられるかも知れませんが、そこのところは分かりませんでした。

先述しましたように、ローンでマンションを買ったのは結婚された時のようです。

妻は専業主婦だったのですが、ローン返済が危なくなってから働きに出られるようになったそうです。

子供さんについての情報は探し出すことができませんでした。



両親は?

垣根涼介さんのご両親についても見ておきたいと思います。

垣根涼介さんの父親は旧家の長男として育ちました。

幼い頃は乳母が二人付いていたというから驚きです。

世間の厳しさを知らずに大事に育てられた父親なので、垣根涼介さんも父親との関係にはいろいろと苦労されたようです。

母親は垣根涼介さんが幼い頃に亡くなられました。

垣根涼介さんが小6の頃読んで衝撃を受けた「月と6ペンス」は母親の本だったそうです。

母親も本が好きな方だったのでしょうね。

2度目の母親が来られましたが、垣根さんはあまりなじめなかったようです。

出身高校と大学について

最後に垣根涼介さんの出身高校と大学について見ておきましょう。

垣根涼介さんの出身高校は長崎県立諫早高校です。

ノーベル化学賞を受賞された下村脩さんの出身高校ですね。

また駅伝の強豪校で、女子は2001年と2004年に全国優勝しています。

垣根涼介さんは高校を卒業後、上京して筑波大学に入学します。

筑波大学に入学したのはお金がかからないからという理由でした。

国立だし、安い学生寮があったのだそうです。

でもそれだけではなく、本格的に心理学を学びたくて筑波大学に行かれました。

大学では第二学群人間学類というところで心理学を学ばれました。

まとめ

今回は2度目の直木賞候補になられた垣根涼介さんについてお伝えしてきました。

垣根さんの学生時代を見ると、とてもいい加減な感じがしますが、2年間で700冊読破や仕事をしながら小説を書き続けるなど、一度ご自分で決めたことには真摯に向き合い、結果を出して来られた方なんですね。

1月16日(水)の直木賞発表が楽しみです。



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