本屋大賞2022の候補作「星を掬う」は、本屋大賞2021を受賞した「52ヘルツのクジラたち」の著者、町田そのこさんの作品です。
「星を掬う」の読み方は「ほしをすくう」です。
母と娘の歪んだ関係や認知症の問題を通して、自分の責任で人生を送ることやそれぞれの尊厳の大切さを考えさせられます。
今回は、本屋大賞2022候補作の「星を掬う」のあらすじとネタバレ、登場人物、名言そして書評についてお伝えします。
著者、町田そのこさんについてはこちらをお読みください。
本屋大賞2021受賞作「52ヘルツのクジラたち」についてはこちらをどうぞ。
https://flowerlove.jp/52hertz-no-kujiratati-arasuji
「星を掬う」のあらすじ
主人公の千鶴は小学1年生の時に母親に捨てられました。
その後、父親は病気で他界し、育ててくれた祖母も亡くなりました。
29歳になった千鶴は元夫にDVを受け、生活費をむしり取られるという悲惨な毎日を送っていました。
そんな時、あることがきっかけで、母親と、母親を「ママ」と呼ぶ恵真(えま)、そして仕事と家事を完璧にこなす彩子との同居生活を始めることになります。
自分がこんなにも悲惨な人生を送らなければいけないのは母親のせいだと、母親を恨んでいた千鶴ですが、この同居生活での出来事の中で、少しずつ心に変化が起きてきます。
「星を掬う」のネタバレ
それでは、「星を掬う」のネタバレについて見ていきますが、ネタバレを見たくない方は、ここは飛ばしてくださいね。
母親が千鶴を捨てた理由
子供時代に母親に捨てられ、その後の自分の悲惨な人生を母親のせいにしてきた千鶴。
でも千鶴はずっと母親を慕ってきました。
あることがきっかけで、母親と一緒に住むことになりますが、その母親は思い出の中にいる母親とは全くの別人でした。
そして、「やはり、この人は自分のために私を捨てたんだ。」と思います。
しかし、物語が進むに連れて、そうではなく、娘、千鶴を守るために去っていったということが明らかにされてきます。
そこには、「一卵性母娘」とまで言われた母親、聖子とその母(千鶴にとっての祖母)の母娘関係が重くのしかかっていたのです。
この小説の主人公は千鶴で、「わたし」という一人称で話が進んでいくのですが、後半、何度か「私」という表現が出てきます。
そして「おかあちゃん」ということば。
この箇所は、聖子が自分の子供時代を回想している場面です。
そして、そこに、「仲がよくてそっくり」と周りには映っている聖子とその母の関係の歪みが描かれています。
普段は優しいのですが、行動も服や靴選びも、自分の思い通りにしなければ絶対に娘を許さない母親。
その母親にがんじがらめにされ、自分を捨ててきた聖子の人生があったのです。
聖子は、娘と一緒にいたら、今度は自分が娘を苦しめることになると思い、娘のもとを去ったのでした。
自分の人生は自分で責任をとる
千鶴は、恵真の受けてきた苦しみも知らずに恵真に酷い言葉を投げつけていた時に、「さざめきハイツ」に出入りする医師の結城から、このように言われました。
自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃだめだよ
君がさっき恵真に言ったことは、弱者の暴力だ。傷ついていたら誰に何を言ってもいいわけじゃない。自分の痛みにばかり声高で、周りの痛みなんて気にもしないなんて、恥ずかしいと思えよ
千鶴は自分が変わらないといけないと思いながら、どうしたらいいか分からずに苦しみました。を与えてくれました。
しかし、その後、自己中でわがままし放題の美保(彩子の娘)の放つ言葉を聞きながら、自分も同じだったと、自分を見つめ直していくのでした。
「星を掬う」の意味
「星を掬う」というタイトルの意味が最初は分かりませんでした。
でも、この本を最後まで読むとよーく分かります。
物語も終わりに差し掛かった時、千鶴は母の話を聞きながら、小1の夏休みの記憶をたどります。
そして、母が自分を捨てたのは、自分が自分らしく生きるためだったのだと気づきます。
その時、玄関のブザーの音により、母の話を聞き考える時間が中断されました。
その時の表現です。
もう、この話は、聞けないのだろうか。母の心の海の奥底に沈み、二度と掬われることはないのだろうか。
ここで、「星」というのは記憶のことなのだなと分かります。
若年性認知症を患っている母、聖子は記憶をだんだんとなくしていくのですが、それでも時々、表面に浮かび上がる愛しい娘との記憶。
小さく輝く遠い記憶一つひとつが星なのですね。
そして、それを一人ではなくて、母娘で掬い上げることではないかと思います。
「星を掬う」の登場人物について
「星を掬う」の登場人物について紹介します。
芳野千鶴
主人公。
小学1年生の夏に母親が出ていき、自分の不幸な人生は母親のせいだと思って生きてきました。
結婚をしたものの、その夫からDVを受け、離婚をするのですが、離婚をしても追いかけられ、暴力を受け、そしてやっと稼いだお金を奪われます。
千鶴はあるきっかけで芦沢恵真と出会い、母親の住む家に同居することになります。
聖子
千鶴の実の母親です。
聖子は豪農の婚家に嫁ぎましたが、自分らしく生きるために、夫と義母に娘を託して出ていきました。
実は聖子自身が自分の母親との関係で重いものを背負っていたのです。
千鶴と再会した時は52歳でしたが、若年性認知症を患っていました。
芦沢恵真
聖子のことを「ママ」と呼ぶ恵真は「さざめきハイツ」で聖子の面倒を見ながら生活しています。
美容室でスタイリストをしている恵真は千鶴よりも若く、美人でスタイルが抜群です。
素直で優しく、恵まれて育ったように見えますが、実は幼い頃に両親と死別し、叔母の家でいじめられるという暗い過去を持っていました。
また、その美しさの故に危ない目に遭い、男性恐怖症になっていました。
九十九(つくも)彩子
やはり「さざめきハイツ」の同居人です。
彩子はケアマネージャーとして働きながら、家事全般を完璧にこなしています。
しかし彼女にも、娘を出産した後、体調が悪く、娘の世話を義母に任せたせいで、母娘の関係を築くことができずに娘と別れなければいけなかったという暗い過去がありました。
美保
彩子の娘です。
17歳で妊娠し、相手から捨てられます。
そして、母親、彩子のところにやって来て、一緒に住むことになります。
美保は、自分の不幸は全部、母親のせいだと思い、彩子にわがままをぶつけます。
結城
「さざなみハイツ」にやって来て、聖子を診る医師です。
聖子とはとてもいい関係を作っています。
また、男性恐怖症の恵真も結城には心を開き、結城も恵真の心の傷を理解しています。
恵真にひどい言葉をぶつける千鶴に厳しく意見をしたり、女性だけの「さざめきハイツ」を守るために一時期一緒に住んだりと、この物語の中で、とてもいい働きをしています。
弥一
千鶴の元夫で、別れてからも執拗に追いかけ、暴力を振るい金を奪い取ります。
千鶴は命の恐怖を覚え、今度弥一が来たら殺そうとまで思います。
千鶴は「さざめきハイツ」に移っても、弥一が来るかも知れないという恐怖で、家を出ることができずにいました。
岡崎
千鶴が働いていたパン工場の上司です。
美保が軽い気持ちで、恵真の写真をインスタに上げたことから、岡崎は千鶴の居場所を知り、弥一にそれを教えます。
「星を掬う」の名言
「星を掬う」には、私達の生き方を励ます、名言と呼べる言葉が出てきます。
それをいくつか紹介します。
自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃだめだよ
上でも紹介した、結城が千鶴に向かって言う言葉です。
本当にそうだなあと思います。
自分の人生、結局自分で始末するしかありません。
君がさっき恵真に言ったことは、弱者の暴力だ。傷ついていたら誰に何を言ってもいいわけじゃない。自分の痛みにばかり声高で、周りの痛みなんて気にもしないなんて、恥ずかしいと思えよ
これも、その時の結城の言葉です。
私も、しっかり覚えておきたいと思います。
あのひとのせいにして思考を止めてきたわたしが、わたしの不幸の原因だったんだ
千鶴は美保を見ながら、自分を振り返り、そう思うことができるようになりました。
自分の手でやることを美徳だと思うな。寄り添いあうのを当然だと思うな。ひとにはそれぞれ人生がある。母だろうが、子どもだろうが、侵しちゃいけないところがあるんだ
そうだなあと深く考えさせられました。
どんなに歳を取っても、認知症になっても、その人の人格を侵してはいけない。
「自分はこんなにやっている。」その気持ちが「こんなにやっているのに・・・。」と、相手を責める心にもなり得ると思いました。
わたしの人生は、わたしのものだ!
昔、母が父に伝えた言葉を、千鶴も弥一に面と向かって投げつけることができました。
それは危険にさらされている千鶴と恵真を、聖子が命がけで守ってくれたからできたことでした。
加害者が救われようとしちゃいけないよ。自分の勝手で詫びるなんて、もってのほかだ。被害者に求められてもいないのに赦しを乞うのは、暴力でしかないんだ
これを読んではっとしました。
「許して」というのは、自分の心を救うためであることも・・・。
「星を掬う」の書評も紹介!
最後に、「星を掬う」についての書評をいくつか紹介します。
『星を掬う』には、母と娘の関係や、ドメスティックバイオレンス、介護問題、女性同士の共同生活など、今の社会に生きる我々にとっても切実なトピックが描かれている。といっても、こうした今日的な諸問題を突きつけることが本作の主眼ではない。何より彼女たちの人間関係が織りなす、豊かな物語や作品世界こそが、読者の心を打つのだ。
書評 嵯峨景子
聖子の若年性認知症が少しずつ進行していること。彩子の17歳の娘、美保が大きなおなかで訪ねてくること。さらには、DV夫の影がちらつくこと。さまざまな問題を孕(はら)んで、物語は波乱含みで進んでいくが、人物造形はよく構成と展開もよく、驚くほど滑らかだ。ある種の感慨がこみ上げて来るラストまで、一気読みの傑作といっていい。
書評 北上次郎
引用元 https://www.sankei.com/article/20211114-XLHPP5BMDBJDTMIAT777TYK5O4/
「血がつながらない家族」だからこその関係性が心地よく、じわじわと感動をもらえる。そして千鶴と聖子の関係も劇的に改善するわけでもないけれども、その絶妙なやりとりが、逆にリアルに感じられるはず。母と娘、家族同士の距離感、自分で自分を大切にしながら生きること――。今の社会の中で、答えを探している人が多い問題について、現実的に、かつ優しさをもって描かれた長編。千鶴の変化に注目しつつ、ぜひ読んでみて!
引用元https://news.yahoo.co.jp/articles/bc6d05c9a1f89373f047d6b708e67945a2b48135
「星を掬う」を読んだ感想
まず、小説「星を掬う」の表紙がとても美しいのに心動かされました。
でも、2021年の本屋大賞を受賞した「52ヘルツのクジラたち」があまりにもすごかったので、「星を掬う」はそこまでないのかなあ、など失礼なことを思いながら読んでいました。
しかし、読み進めるにあたって、そこに描写されている一つひとつの表現に深く考え込むようになってきました。
時々、主人公、千鶴ではなく、母親の聖子が記憶をたどり過去を振り返る描写があります。
そこを読むと、聖子の辛かった過去や愛しい娘、千鶴への思いが伝わってきました。
そして認知症になり記憶をなくしたようであっても、その心の海には多くの思い出が沈んでいるのだと思い、人の尊厳というものを考えさせられました。
そして何より、自分の人生は自分のもの、誰の責任でもなく自分の責任・・・その言葉が大きく迫って来ました。
だから私達は自分の生きることに誇りを持ち、また人の生き方を尊ばなければいけないのだと教えられました。