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林真理子の出身大学と高校について!生い立ちは?父と家族もチェック!

芥川賞・直木賞
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作家の林真理子さんが日本大学の新理事長候補に!

林真理子さんと言ったら直木賞作家としてたくさんの作品を手掛け、また「西郷どん!」の原作者でもあり、多くの女性の憧れですよね。

 

今回はそんな林真理子さんの出身大学と高校、生い立ち、そして父や家族についてお伝えしたいと思います。

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林真理子の出身大学と高校について

まず、林真理子さんの出身大学と高校について見ておきたいと思います。

林真理子さんの出身大学は日本大学です。

日本大学の芸術学部文芸学科で学ばれました。

日本大学はたくさんの小説家を輩出しています。

古くは田山花袋も日本大学出身ですし、群ようこさんやよしもとばななさんも日本大学の卒業です。

また林真理子さんの出身高校は山梨県立日川高校です。

日川高校の教育方針は「質実剛毅」ですが、これは初代の校長先生が、あの「少年よ、大志を抱け」で知られる札幌農学校教師だったクラーク博士の精神を受け継いだものだそうです。

日川高校は120年程の歴史を持つ伝統校で卒業生が3万人以上にものぼります。

また多くの著名人を輩出していて、お笑い芸人のマキタスポーツや元プロレスラージャンボ鶴田さん、ウエイトリフティングの中山陽介選手などが日川高校の出身です。



林真理子の生い立ち

次に林真理子さんの生い立ちについてお伝えします。

林真理子さんは1954年4月1日に山梨県山梨市で生まれました。

現在、65歳です。

本名は東郷真理子さんと言われます。

林真理子さんの実家は小さな本屋さんをされていたそうです。

それで幼い時から本に囲まれていて、たくさんの本を読んでいました。

林真理子さんの母親も本が好きで、将来は作家になりたいと思っておられたそうです。

母親は「赤い鳥」に投稿して「第二の樋口一葉」と騒がれたりしたそうですから、やはり文才があったのですね。

でも結婚してその夢は叶いませんでした。

林真理子さんの父親は戦争で行方不明になられたそうですが、母親は小さな本屋を営んで生計を立てておられたそうです。

林真理子さんには兄が生まれましたが生まれて間もなく亡くなってしまいました。

その頃はまだ林真理子さんは生まれていなくて、母親は一人きりでがんばっておられました。

その後、父親が無事戻ってきて、林真理子さんが生まれました。

林真理子さんは実家の本屋に置いてある本も次々に読みましたが、母親は真理子さんと弟さんを主人公にした童話を作ってくれたりもしたそうです。

本当に書くことが大好きな母親だったのでしょうね。

林真理子さんはだんだんと大人の本に興味を持ち始め、当時のベストセラーものや外国文学なども夢中になって読んでいきました。

そんな林真理子さんは中学校時代はいじめられていました。

「自分は頭もそんなに良くないし、作家になりたいけどどうせなれないだろう。」と思っていたそうです。

そして、こんな田舎を飛び出して、いつか東京に行ってみたいと思っていました。

高校時代は有吉佐和子さんなど、女流作家の作品を読みました。

本の話ができる友達は高校にはいなかったそうですが、部活は放送部と文学部に所属し、詩を書いたりしていたそうです。

そして大学進学のために上京します。

大学時代は四畳半のアパート暮らしで、宮尾登美子さんや瀬戸内寂聴さん、田辺聖子さん、芥川賞を受賞した村上龍さん、そして村上春樹さんなどの作品の読書に没頭していたそうです。

それからナチスの強制収容所の経験を綴ったフランクルの「夜と霧」に出会い、ユダヤ問題を深く調べ始めました。

大学卒業後、林真理子さんはコピーライターになりますが、その業界に馴染めず、お金もなくて辛い思いをしていました。

その後、スーパーのチラシを作る仕事をしました。

林真理子さんは将来への展望も見つけられなくなっていたのですが、そんな時に糸井重里さんがコピー塾の生徒を募集しているの見つけて応募しました。

それが林真理子さんの作家としての道を切り開くことになるのです。

林真理子さんは広告コピーでTCC新人賞を受賞し、それがきっかけで雑誌に連載の仕事がやって来ました。

そして1982年、処女作のエッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラーになるのです。

林真理子の父と家族は?

それでは林真理子さんの父親とその他の家族についても見ていきます。

林真理子さんの父親は林孝之輔さんと言われます。

父親、孝之輔さんは戦争で満州に行ったまま消息不明になりました。でも8年後に無事帰って来られました。

林真理子さんの母親はみよ治さんと言われ、2017年に101歳でお亡くなりになりました。

母親のみよ治さんは、当時の女性としては珍しく、大学まで行かれ、教員をされていたそうです。

その後出版社にも勤務され、大変優秀な方でした。

母親は結婚し、初めての子供を赤ん坊の頃になくし、そして夫を戦争に取られ、大変な思いをされていましたが、夫の孝之輔さんが8年後に戻って来て、38歳の時に林真理子さんを出産、翌年には男の子を出産しました。

その弟さんは和夫さんと言われます。

林真理子さんは1990年、36歳の時に東郷順さんとお見合い結婚をされました。

夫の順さんはサラリーマンでした。

そして1999年2月に、44歳で長女を出産されました。

林真理子さんは娘さんにずっとお弁当を作り続けたと聞き、びっくりしました。

こんなに大活躍の作家さんなのに、母親としても愛情溢れた方なのですね。

林真理子さんは7月から日本大学の理事長になられる見通しです。

きっと学生のために大きな改革をしてくださることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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