北里柴三郎は何をした人か簡単に解説!治療法を見つけた感染症は?

この記事の所要時間: 539

皆さん、こんにちは。

緊急事態宣言が解除され、少しずつ日常が戻って来ていますね。

それでもまだまだ、新型コロナウイルスの脅威はなくなりません。

世界中の研究者達が、今、新型コロナウイルス感染症の治療のための研究を急いでいるところです。

そんな中、回復した患者の血液を治療に使う方法が試みられています。

この方法は北里柴三郎が考え出した血清療法が源流になっています。

北里柴三郎と言ったら、2024年から新しい1000円札の顔になる人ですよね。

北里柴三郎は私と同じ熊本出身なので、その名前には大変親近感を覚えて来ましたが、北里柴三郎が一体何をした人なのか、恥ずかしながらよく分かっていませんでした。(汗)

それで今回は、北里柴三郎は何をした人なのか、また北里柴三郎が治療法を見つけた感染症は何かについて調べてみました。

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北里柴三郎は何をした人?

felixioncoolによるPixabayからの画像 

それでは、北里柴三郎は何をした人なのか、簡単に見ていきましょう。

北里柴三郎がしたことは主に以下のようなことです。

1   破傷風の治療法と予防方法を開発した。
2 日本初の伝染病研究所を設立した。
3 ペスト菌を発見した。
4 北里研究所を設立した。
5 慶應義塾大学に医学科を創設した。
6 日本医師会を設立した。

ええーっ!? これだけ見ても、北里柴三郎って、何かすごい人なんですね!

それでは、その一つひとつについて簡単に説明します。

 破傷風の治療法と予防方法の開発

破傷風(はしょうふう)は、傷口から破傷風菌が体内に入り、全身の筋肉を痙攣させる感染症です。

破傷風菌は強い神経毒素を産生し、最悪の時は死に至ります。

怖いですね。

北里柴三郎は破傷風菌だけを増やして研究するという非常に難しいことに成功し、破傷風の治療法と予防方法を開発しました。

日本初の伝染病研究所を設立

北里柴三郎は恩師、福澤諭吉から財政的支援を受けて、日本で初めての伝染病研究所を設立し、所長に就任しました。

伝染病研究所では伝染病の予防法と細菌学の研究が行われました。

研究所設立の翌年には日本で最初の結核専門病院「土筆ヶ岡(つくしがおか)養生園」も開設しました。

  ペスト菌の発見

 ペストは14世紀のヨーロッパで大流行し、多くの命を奪った恐ろしい感染症です。

北里柴三郎は1894年に香港でペストが流行した時、原因究明に乗り出し、わずか2日でペスト菌がペストの原因であることを突き止めました。

また、ペストに感染した患者の家にネズミの死体が多いことに気づき、ネズミがペストの原因になることも発見しました。

そして、ペストにかからないために猫を飼うことを推奨し、具体的な方法の指導まで行いました。

北里研究所を設立

1914年、北里柴三郎は私費を投じて北里研究所を設立しました。

北里研究所の門下生の中には、黄熱病や梅毒の研究で知られる野口英世や赤痢菌を発見した志賀潔など大変優秀な人材がいます。

北里研究所は2014年に創立100周年を迎えました。

また2015年には、研究所創立50周年記念事業として設立された北里大学の特別栄誉教授である大村智博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

慶應義塾大学医学科の創設

北里柴三郎は自分を助けてくれた福澤諭吉の恩に報いるために、1917年、慶應義塾大学医学科を開設しました。

1920年、慶應義塾大学は文学部、経済学部、法学部、医学部の4学部からなる総合大学として新しくスタートしました。

北里柴三郎は、志賀潔など北里研究所の有力な教授達を慶應義塾大学医学部に送り、また自分自身は無報酬で、その発展に寄与しました。

日本医師会を設立

北里柴三郎は日本医師会の設立にまで関わっていたとは驚きです。

明治になり、国内に多くの医師会が誕生しましたが、それらはばらばらに活動していました。

北里柴三郎は1917年に全国規模の大日本医師会を設立し、その後、1923年、医師法に基づく日本医師会となりました。

北里柴三郎は初代会長として、日本医師会の運営に尽力しました。




北里柴三郎が治療法を見つけた感染症は何?

胡麻油さんによる写真ACからの写真

北里柴三郎って、日本の医学界をリードしてきたほんとにすごい人だったんですね!

さて、北里柴三郎が治療法を見つけた感染症は上でも書いたように、破傷風です。

北里柴三郎は破傷風菌の純粋培養に成功し、さらに血清療法を確立しました。

純粋培養というのは他の菌やホコリなどが混ざらないようにして、その菌だけを増やすことです。

ところが破傷風菌の純粋培養は非常に難しく、世界の研究者達は諦めていました。

しかし北里柴三郎は希望を捨てずに実験を繰り返し、破傷風菌の純粋培養に成功したのです。

また破傷風菌自体が危険なのではなく、破傷風菌が毒素を産み出し、それが全身に広がって痙攣を起こすことを突き止めました。

そして、その毒素を薄めた溶液を少しずつ濃度を上げながら動物に与えていき、免疫ができたところで、その動物から採取した血清を別の動物に注射するという方法で、破傷風を治療、予防する血清療法を開発しました。



まとめ

 今回は、「日本の細菌学の父」として知られる北里柴三郎は何をした人なのか、また北里柴三郎が治療法を見つけた感染症は何かについてお伝えしました。

まとめると、北里柴三郎は破傷風の治療法を開発し、ペスト菌を発見するなどの偉業を成し遂げ、その後も日本の医学界のために力を尽くした人でした。

北里柴三郎って本当にすごい方だったのですね。

今、北里柴三郎の研究成果を受け継いで、新型コロナの感染を止めるために必死で研究を進めておられる方達がたくさんおられます。

そんな研究者の方達の努力に心から感謝したいと思います。



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