友野有理(卓球)の出身高校と中学について!姉と父母も解説!

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4月13日は、2020年東京パラリンピック開幕まで500日ということで、東京都内ではいろいろなイベントが催されたというニュースがあっていました。

昨年の平昌パラリンピックの時もそうでしたが、選手達が自分の可能性を信じて限界にまで挑戦する姿は、私達に大きな感動と勇気を与えてくれます。

来年の東京パラリンピックに向けて、多くの選手達が日々努力を重ねているのでしょうね。

その中に、友野有理(ともの ゆり)さんという卓球の選手がいます。

友野有理さんは、子供の頃から県代表に選ばれる程の力の持ち主でしたが、小5の時、脳梗塞で倒れ、利き手の右半身に麻痺が残ってしまいました。

それでも必死の努力で卓球を続け、来年のパラリンピック出場を目指しているのです。

今回は、そんな友野有理さんにフォーカスしたいと思います。

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友野有理の出身高校と中学は?

まず、友野有理さんの出身高校と中学について見てみたいと思います。

友野有理さんの出身高校は兵庫県立伊川谷高校です。

友野有理さんは今年の3月に伊川谷高校を卒業しました。

伊川谷高校は兵庫県神戸市西区にある県立の高校で、卒業生には俳優の古田新太さんやタレントの岩田亜矢那さんなどがおられます。

友野有理さんの出身中学は神戸市立垂水東中学校です。

有理さんは中学3年生の時、2016年国際卓球連盟パラ卓球国際大会の日本代表に選ばれました。

垂水東中学校の学校便りにそのことが紹介されていて、校長先生は、有理さんは中学校生活でも駅伝大会や体育大会で頑張る姿が印象的だと書いておられました。

友野有理さんは、何でも明るく前向きに頑張る人なんでしょうね。



姉と父母について

次に、友野有理さんの姉と父母について見ていきたいと思います。

有理さんの姉は稜子(りょうこ)さんと言われ、有理さんよりも3歳上です。

姉は、有理さんが倒れて以来、有理さんの卓球のコーチをして来られました。

姉の稜子さんも卓球をされていて、中学時代は全国大会に出場したこともあります。

稜子さんは、有理さんが脳梗塞で倒れた後、必死にリハビリを頑張り、再び卓球に向かう姿を見て、理学療法士になる道を選びました。

そして、大学で理学療法を学びながら、有理さんを支え続けて来ました。

素晴らしいお姉さんですね。

稜子さんは今年、理学療法士の資格を取るためにアメリカに留学するのだそうです。

姉妹はしばらく離れ離れになりますが、きっと姉の稜子さんは、遠くアメリカからも、有理さんに向けてアドバイスを続けられるのでしょうね。

有理さんの父親は博行さんと言われます。

有理さんが突然倒れた後、父親は「有理さんはもう卓球はしたくないだろう。」と思われたそうですが、再び卓球を頑張る有理さんの姿を見て、有理さんを救った卓球とその仲間達に感謝しておられます。

有理さんの母親は、シャキシャキした性格で、いつも有理さんを励ましてくださるそうです。

母親は料理も上手で、優しくて、有理さんの理想の女性なのだそうです。

そんな母親でも、有理さんが脳梗塞になった時はどんなに苦しかったでしょうね。

母親なら「自分が変わってやりたい。」と思われたはずです。

今でも心配は尽きないと思いますが、明るく頑張り、有理さんを応援されています。



彼氏はいるの?

さて、友野有理さんに彼氏はいるのでしょうか?

明るく前向きに頑張っている有理さんに彼氏がいてもおかしくありませんね。

彼氏についての情報は分かりませんでしたが、将来、有理さんの心の支えになり、互いに励ましあえる素敵な人と出会って欲しいです。

友野有理のプロフィール

最後に、友野有理さんのプロフィールをまとめておきます。

友野有理さんは2000年5月1日に神戸で生まれました。

友野有理さんが卓球を始めたのは5歳の時です。

姉の稜子さんが近所の卓球クラブに通い始め、ついて行ったのがきっかけだそうです。

大好きなお姉ちゃんが頑張る姿に憧れを感じたのでしょうね。

友野有理さんは卓球を始めてどんどん上達し、小学校時代には5回も全国大会に出場しました。

伊藤美誠選手や平野美宇選手と同級生で、大会で、よく一緒になったのだそうです。

しかし小学5年生の時、試合中に突然脳梗塞になり、意識不明の日が3日間も続きました。

その後意識は戻りましたが、声を出すこともできず、右半身には麻痺が残り、卓球は諦めなければいけない状態でした。

そして1年間の入院生活が。

そんな時、卓球クラブの仲間が「また卓球をやろう。」と誘ってくれました。

仲間の声に励まされ、有理さんはもう一度卓球をするためにきついリハビリを頑張りました。

利き手の右手が使えなくなった有理さんは、中学2年生の時に、利き手を左手に替えて試合に出る決心をします。

それから食事などの日常生活が左手でできるように努力し、1年後にはラケットを左手に持ち替えて試合に出ることができるようになりました。

右半身が使えないので、左のラケットにボールを乗せ、それを上げてサーブをするというスタイルです。

友野有理さんはパラ卓球界でメキメキと力を上げ、2016年、高校1年生の時には、大阪市で行われた第8回国際クラス別パラ卓球選手権大会に出場し、クラス8のシングルスで優勝しました。

クラス8は、立って競技し、障害が中程度の階級です。

2017年にはアジアユースパラ競技大会において銀メダルを獲得。

2018年5月にスロバキアとスロベニアで開催された大会では銅メダルを獲得。

同年10月に行われたパラ卓球世界選手権では、リオパラリンピック銅メダルの相手に勝ち、6位入賞を果たしました。

友野有理さんは今年4月に日本体育大学に入学し、寮生活をしながら卓球部で頑張っています。

また日本肢体不自由者卓球連盟に所属しています。

まとめ

今回は、パラ卓球選手の友野有理さんについてお伝えしました。

パラ卓球は1960年の第1回パラリンピック大会から実施されていて、日本人が初めて金メダルを取った競技なのだそうです。

友野有理さんは、多くの人にパラ卓球を知ってもらい、ファンになってもらうために、日々頑張っています。

若い挑戦者、友野有理さんを応援してください。



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