角野栄子の夫と娘は?家族をリサーチ!経歴とプロフィールもチェック!

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さん、角野栄子(かどの えいこ)さん、ご存知ですか?

そう、「魔女の宅急便」の原作者です。

もう80を超えていらっしゃるのに、おしゃれで優しそうな角野さんは、実は私の憧れの人なんです。

昨日、その角野栄子さんが国際アンデルセン賞を受賞されたというニュースを聞き、とっても嬉しくなりました。

国際アンデルセン賞は「児童文学のノーベル賞」と言われる権威ある賞で、日本人の受賞はまど・みちおさん、上橋菜穂子さんに次いで3人目だそうです。

今回は、角野栄子さんの夫と娘、家族や経歴とプロフィールについてお伝えしていきます。

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角野栄子の夫と娘は?

角野栄子さんの夫はデザイナーをされているそうです。

角野栄子さんは大学を卒業して1年程で結婚されます。

そしてその後、夫と二人でブラジルに渡ります。

理由は、デザイナーの夫が当時建設中だった新しい首都ブラジリアをぜひ見てみたいと思ったからだそうです。

でも当時は、今のように自由に海外旅行ができる時代ではなかったので、自費移民として行ったのだそうです。

今だって、夫がそう言うからと簡単に外国に移住したりはできませんけど、角野栄子さんはとても自由で軽やかな心の持ち主だったのでしょうね。

2年間のブラジル生活の後、日本に帰国してから娘が誕生します。

娘の名前はリオさんと言われます。

ブラジルのリオ・デジャネイロから取ったとのこと。

滞在していた地名を娘の名前にするなんて、よほどブラジルが気に入られたのでしょうね。

娘さんは幼い時、よくお話を作っていました。

デザイナーの夫が持っている色見本を見て、たくさんの色があることに驚いた娘は、自分のお話に出てくるカエルの色をいろんな色に変えていました。

そのお話の中に、「あっちに行って、こっちに行って、そっちに行ってね、」という言葉がよく出てきて、それが後に角野さんの作品のおばけの名前になったそうです。

想像力豊かな娘さんだったのですね。

それを覚えていて、自分の作品に使う角野さんも愛情深い方ですね。

また「魔女の宅急便」は、娘が12歳の時に描いた魔女の絵が、創作のきっかけになったそうです。

娘が描いた魔女のほうきにはラジオがぶら下げてあり、そこから音符が出ていて、角野さんにはそれがとても魅力的に思えました。

娘のリオさんが14歳になった時、角野さんは娘と二人でブラジル旅行をします。

娘の名前にもなったリオ・デジャネイロを見せたいと思ったのだそうです。

その体験をもとに書いた「ルイジンニョ少年、ブラジルをたずねて」が角野さんの処女作になります。

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家族をリサーチ!

角野さんは5歳の時に、母親を病気で亡くします。

その後は、質屋をしていた父親が忙しい中にも読み聞かせをしてくれました。

しかし、父は母が亡くなって2年もしないうちに戦争に行ってしまいます。

ご自身が結婚して新しい家族を持ち、娘が生まれた時に、角野さんはとても困ったのだそうです。

それは、自分が母親に育てられた記憶がないので、娘をどう育てたらよいか分からず、本に頼ったり自分で考えたりしなければいけなかったから。

それで、子育てはうまくできなかったと語っておられます。

でもそんなことは決してないと思います。

お母さんとブラジルに二人旅をされる娘さんだし、1981年に刊行された「ブラジル、娘とふたり旅―ブラジル紀行」のイラストは渡辺リオとあり、これは娘さんだと思われます。

リオさんは、この本以外にも多くの児童書のイラストなどを手掛けておられます。

経歴とプロフィールもチェック!

角野栄子さんは1935年1月1日に東京で生まれました。

本名は渡辺栄子。

現在83歳です。

早稲田大学教育学部英語英文学科を卒業後、紀伊國屋書店出版部に就職。

当時は作家になる気はなく、デザイナーになりたいと思われていました。

それで、まず本の装丁をしようとされたようです。

たぶん、そのデザイン関係の世界でご主人と出会われたのでしょう。就職後1年程で結婚されます。

そして1960年、25歳の時にブラジルに移住します。

ブラジルでは、英語力を生かしてラジオ局で働かれました。

2年程で日本に帰国し、娘が生まれます。

角野さんは子育てをしている時期に、「自分は本を書くのが好きなんだ。」ということに気づいたのだそうです。

あるインタビューで、首から画板を下げ、それを机代わりにものを書きながら、動き回る幼い娘を追いかけていたということを語っておられました。

ほほえましくも、書くことへの強い情熱が感じられるエピソードです。

大学時代の恩師の勧めによって処女作「ルイジンニョ少年、ブラジルをたずねて」を出版したのは1970年、35歳の時でした。

その後は、童話作家、絵本作家として、数多くの想像力と優しさに溢れる作品を世に送り出します。

外国の絵本の翻訳もたくさんされています。

またノンフィクション、ファッションや魔女に関するエッセイなどもたくさん書かれています。

代表作は1985年の「魔女の宅急便」。「アッチ コッチ ソッチのちいさなおばけ」シリーズも子供たちに人気です。

「魔女の宅急便」は第23回野間児童文芸賞、第34回小学館文学賞、IBBYオナーリスト文学賞」と続けて3つの賞を受賞しました。

その後、宮崎駿監督により映画化され、日本では知らない人はいない有名な作品になりました。

2014年には実写版が公開されましたが、何と角野栄子さんご自身がナレーションを務められました。

2000年に紫綬褒章を、2014年には旭日小綬章を受章。

そして今回、国際アンデルセン賞作家賞を受賞されました。

まとめ

今回は童話作家の角野栄子さんについてお伝えしました。

こんなに素敵な方が日本におられるって、すごく嬉しいことです。

私の娘達も角野栄子さんの本が大好きでした。

「一番好きだったのは何?」と聞いたら「一番は『魔女の宅急便』、次は『ハンバーガーぷかぷかどん』だよ!」と言ってました。

改めて、角野栄子さんは日本の子供たちに夢と優しさを運んでくださったのだなと感謝しました。

角野栄子さん、アンデルセン賞の受賞、本当におめでとうございました。

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