本城雅人の本名とプロフィール!経歴は?出身大学と高校もリサーチ!

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さん、こんにちは。

いよいよ第159回直木賞の発表が迫ってきました。

今回は6名の方が候補に選ばれているんですけど、何かドキドキします。

私がドキドキしても仕方ないのですけど、どの候補作も素晴らしいので、どれが選ばれるのかとても気になります。

その候補者の中に本城雅人(ほんじょう まさと)さんがおられます。

本城雅人さんはスポーツ新聞の記者として活躍されていて、何と44歳でデビューされた異色の作家さんなんです。

もし本城雅人さんが受賞されたら、1954年の有馬頼義さん以来、実に64年ぶりのスポーツ紙出身の作家の受賞になるということで、期待が高まっています。

今回はそんな本城雅人さんの本名とプロフィール、経歴、出身大学と高校そして結婚と妻と子供についてもリサーチしました。

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本城雅人の本名とプロフィール

それではまず、本城雅人さんの本名とプロフィールについて見ていきます。

本城雅人さんの本名は楠山正人(くすやま まさと)さんと言われます。

お名前は、読みは一緒で漢字が一字違うだけですね。

名字は「本城」というのもかっこいいですが、「楠山」というのも、小説家っぽくていいと私は思うんですけどね(笑)

どういう理由でペンネームを「本城雅人」にされたのか、聞いてみたいなあと思います。

さて、本城雅人さんのプロフィールを簡単にまとめると以下のようになります。

本城雅人プロフィール                              本名  楠山正人(くすやま まさと)                      1965年神奈川県生まれ。53歳。                         明治学院大学経済学部卒業。                           産経新聞社に入社。                               産経新聞浦和総局勤務を経てサンケイスポーツ記者に。              2009年、「ノーバディノウズ」が第16回松本清張賞候補に。            小説家としてデビューし、新聞社を退職。                    2010年、同作で第1回サムライジャパン野球文学賞大賞を受賞。           2017年、「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。    2018年、「傍流の記者」で第159回直木三十五賞候補に。              他に「英雄の条件」「騎手の誇り」「トリダシ」「監督の問題」「代理人」など著書多数。

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経歴は?

では、本城雅人さんの経歴を見ていきたいと思います。

本城雅人さんは元気な少年時代を過ごされたようです。

まじめに勉強する人たちを冷たく見て、自分は国語の教科書もろくに読まなかったそうです。

本も、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ以外は、ほとんど読んだことはありませんでした。

作文も別に得意な方ではありませんでしたが、話をするのは好きで、人を笑わせるのが得意だったとか。

スポーツはサッカーをがんばっていました。

大きくなってからは、新聞を読むのは好きでした。

本城雅人さんは大学生の頃から新聞記者になりたいと思い始めます。

本城雅人さんは新聞記者になったら、表舞台の活躍のことではなく、舞台裏の隠されたものを書きたいと思っていたそうです。

大学を卒業して産経新聞に入社されます。

最初の8ヶ月間、支局を経験した後、サンケイスポーツの記者として活躍されました。

本城雅人さんはずっと新聞記者としてやっていくつもりだったのですが、30歳の頃に、将来は作家になりたいと思い始めました。

スポーツ紙の世界では、35歳を過ぎる頃にはデスクになり、その後部長、局長と昇進していくのだそうです。

本城さんはずっと現場で取材をする記事でいたかったのですが、それはできないということに気がつきます。

普通なら、現場に行かずに部長、局長と昇格していく方が嬉しいと思いますけどね。

本城雅人さんはお金や身分のことより、現場に行き、自分が知りたいことを取材して記事にすることにこだわりたかったのですね。

もう一つは新聞の将来への懸念です。

インターネットが普及し始め、新聞を読む人が少なくなってきたのを見て、自分で何か別の道を見つけなければという気持ちになりました。

それで作家を目指すのですが、まずは勉強しなければと、江戸川乱歩賞の受賞作と候補作を買ってきて読んでみます。

そうしたら、それらの作品のあまりの素晴らしさに、自分なんて無理だと作家になるのを諦めてしまったそうです。

その後、2年間ニューヨークに留学し、帰国したら、国内は2年前とはがらりと変わっていました。

インターネットが普及して新聞で情報を得る必要性がなくなったのと、駅からゴミ箱が消えて、家に持って帰りたくないスポーツ紙が売れなくなっていたのです。

それで、40歳くらいになった時、もう一度、作家になろうと思い、知人に勧めてもらった50冊を読破していきました。

そうやって、自分が書きたいもの、書けるものがだんだんと見えてきたそうです。

そして2009年、「ノーバディノウズ」が第16回松本清張賞候補に選ばれ、小説家としてデビューします。

そしてその時点で新聞社を退職されました。44歳の時です。

今、小説家としての毎日に新聞記者時代の経験が生かされているのだそうです。

まず、毎日文章を書くのが苦にはならないということです。

一日に10枚から20枚は書いて、また書き直しながら作品の中の人物が動き出してくるのだそうです。

昨年出版された「ミッドナイト・ジャーナル」は大きな話題になり、今年春には竹野内豊さんや上戸彩さん出演のテレビドラマにもなりました。


そして今年、2018年、「傍流の記者」が第159回直木賞の候補に選ばれます。

本城雅人さん、53歳の年です。

もう、ほんとにすごいです!

出身大学と高校について

次に本城雅人さんの出身大学と高校について調べてみました。

本城雅人さんの出身大学は明治学院大学です。

本城さんは明治学院大学の経済学部で学ばれました。

明治学院大学は東京都港区に本部を置くミッション系の私立大学で、1949年に設置されました。日本最古のキリスト教主義学校(ミッションスクール)です。

明治学院大学は各方面の著名人を数多く輩出している大学です。

作家の島崎藤村や作家で太宰治の娘の太田治子も明治学院大学の出身です。

私達がよく知っている方だと、戦場カメラマンの渡部陽一さん、ミュージシャンの南こうせつさんなども明治学院大学出身です。

本城雅人さんの出身高校については、調べたのですが、情報を見つけることができませんでした。

これから本城雅人さんが益々有名になられ、情報が分かれば、こちらに追記したいと思います。

結婚と妻と子供について

最後に本城雅人さんの結婚や妻と子供についても調べてみました。

しかし、プライベートな情報については見つけることができませんでした。

新聞記者として活躍し、40代にして人気作家になられた本城雅人さん。

きっと堅実な結婚をされ、妻と子供とともにくらしておられるのではと思いますが、もしかしたら独身貴族で、自由にやりたいことをやって来られたのかも知れませんね。

もし結婚しておられるとしたら、44歳で新聞社を退職される時、妻や子供は何と言ったのでしょうね?

私だったら、「会社を辞めて作家になるなんて!世界はそんなに甘いもんじゃないわよ!私や子供のこと、考えてるの?!」って怒ると思いますが。

それとも、本城雅人さんの妻や子供は優しくて理解があって、本城さんの新しいスタートを応援してくれたのでしょうか?

興味ありますね。

本城雅人さんが直木賞を受賞されて、大きな話題になれば、そこのところも明らかになるかも知れませんね。

そうしたら、ここに追記させていただきます。

第159回直木賞の発表は7月18日(水)です。

楽しみですね。

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