山本篤(パラリンピックスノーボード)の結婚やプロフィールは?出身高校と大学も紹介!

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よいよ平昌パラリンピックが始まりましたね。

昨日の開会式、ご覧になりましたか?

とても感動的で温かい雰囲気でしたね。

車いすカーリング男子のソ・スンソク選手とともに聖火台に火を灯したのは、何と先月のオリンピックで活躍したカーリング女子の「メガネ先輩」でした。

びっくりしましたね。

「健常者」と障がい者がともに手を携えるという素晴らしい演出だったと思います。

この平昌パラリンピックに、夏のパラリンピックでのメダリストが登場します。

スノーボードの山本篤(やまもと あつし)選手です。

すごいですね。

今回は山本篤選手の結婚やプロフィール、そして出身高校や大学などについてお伝えしていきます。

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山本篤の結婚について

山本篤選手の結婚については全力で調べましたが、残念ながら情報を得ることはできませんでした。

パラリンピックに向けて一筋に駆け抜けてこられ、今回は冬のパラリンピックにも挑戦しようとされているので、結婚について意識することがなかったのかも知れませんね。

もしかしたら結婚されているけど、公に情報を流しておられないということも考えられます。

今回のパラリンピックが終わったら、プライベートについて知る機会もあるかもしれません。

その時はこちらに追記しますね。

【追記】

今月3日に長男が生まれたそうです。

ということは、結婚しておられたのですね。

山本選手、おめでとうございます!

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プロフィールは?

山本篤選手は1982年4月19日、静岡県掛川市に生まれます。

子供の頃からスポーツが好きで、小学校では野球を、中学校ではバレーボールをしていました。

中学1年生の時、家族旅行に行った先でスノーボードを経験し、それ以来、趣味としてスノーボードをしていました。

掛川西高等学校に進学してからもバレーボール部に入り、活躍していました。ジャンプ力が凄かったそうです。

しかし高校2年生の春休みにスクーターで事故を起こし、左脛骨を粉砕骨折します。

そして左足を切断しなければいけなくなりました。

自分の義足を作ったことで将来は義肢装具士を志すようになり、高校卒業後、名古屋にある日本聴能言語福祉学院義肢装具学科に入学します。

そこである人から陸上競技を勧められ、陸上を始めることになります。

2002年5月、初めて日本身体障害者陸上競技選手権大会に参加し、同年9月の関東身体障害者陸上競技選手権大会では何と優勝してしまいます。

山本選手は義肢装具士の国家資格を取得し、就職も決まっていたのですが、パラリンピックを目指して陸上競技を続けることを決心します。

2004年4月、大阪体育大学体育学部にスポーツ推薦で入学。陸上競技部に入部します。

そしてみるみるうちに世界に通用するトップアスリートに成長していくのです。

走り幅跳びでは、踏み切りを左の義足でするようになって、記録が大幅に伸びたのだそうです。

2008年、スズキ株式会社に入社します。

同年、北京パラリンピックに出場し、100mで5位に、そして走り幅跳びでは銀メダルを獲得し、パラリンピック陸上で、日本人初のメダリストとなりました。

その後、大阪体育大学大学院体育学博士課程に進んで運動力学を研究をします。

2012年、ロンドンパラリンピックに出場。日本陸上チームのキャプテンを務め、 100m で6位、200mで8位、走り幅跳びで5位に入賞しました。

2013年、IPC 陸上競技世界選手権大会では走り幅跳びでみごと金メダルに。

2014年のアジアパラ競技大会においては100m 、走り幅跳び、 400mリレーの3種目で金、200mで銀と、何とメダルと4個も獲得する驚異的な成績を残しました。

2015年の IPC 陸上競技世界選手権大会では走り幅跳びでは2連覇を達成。

2016年5月、日本パラ陸上競技選手権大会において世界新記録を樹立。

同年、リオパラリンピックでは走り幅跳びで銀メダル、400mリレーで銅メダルを獲得。

2017年9月、スズキを退社し、翌月に新日本住設とスポンサー契約を結んでプロになりました。

そしてスノーボードでの冬季パラリンピック出場を目指します。

陸上で、上述のようなすごい成績を残しているのに、また新しい挑戦です。

2018年1月、アシックスジャパンとアドバイザリースタッフ契約を結びます。山本選手が陸上のスパイクやランニングシューズなどの商品開発についてアドバイスをするのだそうです。

今までの経験と運動力学の研究の成果を生かすんですね。

3月、いよいよ平昌パラリンピックです。

出身高校と大学も紹介!

山本篤選手の出身高校は静岡県立掛川西高等学校です。

ここは高校野球の名門校として知られています。

山本選手は掛川西高校2年生の時に事故に遭います。

高校卒業後は名古屋の日本聴能言語福祉学院義肢装具学科に入学します。

ここで義肢装具士の免許と国家資格を獲得します。

その後パラリンピックに出るために、スポーツ推薦で大阪体育大学体育学部に入学します。

しかし、簡単に入学できたわけではありませんでした。

当時は障がい者が体育大学に入学することは大変異例のことだったからです。

実技試験の採点方法やトイレ、エレベーターなどの問題が議論され、結果として入学することができました。

大阪体育大学は山本選手を受け入れて本当によかったですね。

今は母校で客員准教授として教える側です。

まとめ

山本篤選手は「障害を持ったことで幸せになった。」と言われます。

自分に起きた出来事をプラスに変えることのできる強さは驚きです。

山本選手の好きな言葉は「挑戦」、嫌いな言葉は「やらない」だそうです。

いかにも山本選手らしいですね。

山本選手が出場スノーボードクロスは12日に、バンクドスラロームは16日に行われる

予定です。

皆さん、山本篤選手の挑戦を応援しましょう!

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