竹野浩樹(サミット社長)の経歴とプロフィール!出身大学は?年収も気になる!

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皆さん、普段の食材の買い物はどこでされていますか?

だいたいスーパーだけど、時間がない時は近くのコンビニやドラッグストアで済ませるという方も多いのではないでしょうか。

また最近は食材もネットで購入し、配達してもらうという方も増えていますよね。

こういう時代になり、厳しい経営状況に置かれているスーパーも多いようです。

そんな中、関東を中心に展開するスーパー「サミット」は業績を伸ばし、売上高、客数ともに2年連続日本一になりました。

そんなサミットの竹野浩樹社長が今週の「カンブリア宮殿」で紹介されます。

竹野浩樹社長はこの厳しい時代にどうやって売上げを伸ばしたのでしょうか。

今回は、竹野浩樹社長の経歴とプロフィール、出身大学そして年収に迫りたいと思います。

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竹野浩樹サミット社長の経歴とプロフィール

経歴

まずは、竹野浩樹社長の経歴を見ていきましょう。

竹野浩樹社長は1965年3月27日、東京都に生まれました。

竹野浩樹社長は1989年に慶應義塾大学法学部を卒業すると、住友商事に入社されます。

そこでサミットの担当になり、、当時の荒井伸也社長(小説「スーパーマーケット」の著者)のかばん持ちをされていたそうです。

竹野浩樹さんは、当時のサミット社長と行動を共にしながら、何でも吸収しようと大変意欲的だったのでしょう。

4年間、サミットの経営幹部会や開発会議などにも参加し、小売業界のことや会社経営について学ぶことができました。

竹野浩樹さんはその時、本来はその会議のメンバーではなかったのに、そこに参加することによって客観的に状況を見ることができたのですね。

すばらしいと思います。

そして、住友商事に入社して4年目の1993年、欧米型ドラッグストア「トモズ」を企画し、創業を手がけました。

その4年後、ニューヨークに行かれます。

ニューヨークでは2年半の間、最新の流通業について学ばれました。

ニューヨーク時代に、ある経営者から「相手に、この人とビジネスをしたいと思わせたいなら、それなりの格好をしなくては。」と言われ、それ以来、靴と時計は良いものを身につけておられるそうです。

靴はその時から、イギリスの「エドワード・グリーン」というメーカーのものを履き続けておられるのだとか。

ニューヨークから帰国された後は、マミーマートへ出向されます。

また高級ブランド店のバーニーズを手掛けたりもされました。

2015年、竹野浩樹さんはサミットに出向き、常務役員になられます。

当時、サミットは首都圏で112店舗を展開するスーパーマーケットでした。

でも、「サミットが困っているから行ってくれないか。」と打診を受けたのだそうです。

竹野浩樹さんは入社当時に荒井社長から多くのことを学び、経営の面白さを知っておられたので、すぐにOKされました。

そして2016年6月、51歳でサミットの代表取締役社長に就任されました。

竹野浩樹さんは社長になられた今でも、町で買い物をされるのだそうです。

お店に並んでいる商品が曲がったりしていると、つい手を出して直されるのだそう(笑)

また普段は、ひげそりや歯磨きの順番、電車の中の立つ場所など、ルーティンを大切にされているのだそうです。

しかし、勝負の日には、ルーティンを破って戦闘態勢に入るのだとか。

また竹野浩樹社長は、旧日本軍の組織としての弱点を研究した「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」という本をよく読まれるのだそうです。

本当に勉強家で、現状に満足されない方なのですね。

竹野浩樹社長は、あるインタビューで、このように語っておられます。

「悲観的に準備して、楽観的に対処する」が私の指針。準備に充分な時間をかけ、最悪なことが起きてもすべて想定内として冷静に対処する、それが私の日頃の目標です。

引用元 https://forbesjapan.com/articles/detail/15930/2/1/1

竹野浩樹社長は、社長になられて以来、お惣菜総選挙や案内係が店内を巡回するなど、ユニークな戦略を次々に打ち出して、サミットを売上高と客数で2年連続日本一のスーパーに押し上げました。

サミットのホームページにある竹野浩樹社長の挨拶にはこう書いてありました。

~事業ビジョン「サミットが日本のスーパーマーケットを楽しくする」に向かって~

社員がサミットで働くことを『幸せ』と感じ、
お客様がサミットの店に来店されることを『幸せ』と感じ、
お取引先様がサミットとお付き合い頂くことを『幸せ』と感じ、

すべての関係者の皆様に喜んで頂いている状態を、「サミットが日本のスーパーマーケットを楽しくする」という事業ビジョンで表わし、弊社はこれを目指して参りたいと考えています。

引用元 http://www.summitstore.co.jp/company/2message.html

そして、社員に対しては公正な処遇をし、お客に対してはごまかしのない商売をし、取引先に対しては誠実な対応をすると言っておられます。

下の電子書籍には伸びている日本の小売業1000社が紹介してあり、その中に竹野浩樹社長へのインタビューが載っていましたので、興味のある方は読んでみられたらいいと思います。

プロフィール

それでは、竹野浩樹社長のプロフィールをまとめておきます。

1965年3月27日、東京に生まれる。

1989年、慶応義塾大学法学部を卒業。

1989年4月、住友商事に入社。

1993年、ドラッグストア「トモズ」創業。

2010年4月、住友商事ブランド事業部長に就任。

2015年6月、サミット株式会社取締役常務執行役員に就任。

2016年6月、サミット株式会社代表取締役社長に就任。

2018年6月、衣料品事業会社のサミット・コルモ代表取締役社長に就任。サミット社長と兼任です。



竹野浩樹サミット社長の出身大学は?

竹野浩樹社長の出身大学は慶応義塾大学です。

竹野浩樹社長は慶応義塾大学の法学部で学ばれました。

慶応義塾大学は説明するまでもなく、福澤諭吉が開校した蘭学塾を起源に持つ日本の私立大学です。

竹野浩樹社長は旅行が好きで、大学時代もよく旅行をされていたそうです。

旅行の資金を稼ぐために、家庭教師と球場のビール販売員を掛け持ちされていました。

球場のビール販売員はとてもきつい仕事でしたが、販売額に応じて給料をもらうことができ、一番売った人はゼッケン1番を付けることができたのだそうです。

それで竹野浩樹社長は、最小限の労力で最大の効果をあげるにはどうしたらいいかを考えました。

そして、お客さんとの信頼関係と絆と目配りが大切なことに気づき、以来、いつも1番だったそうです。

ここでも、既に経営者としての才能が表れていたのですね。

また、たくさんの旅行をしたことで多様な価値観を認めることの重要性が分かり、今に生かされているそうです。



竹野浩樹サミット社長の年収も気になる!

もぐら綿棒さんによる写真ACからの写真

こんなに成長しているサミットの社長である竹野浩樹さんの年収はどのくらいなのか、気になりますよね。

それで、竹野浩樹社長の年収についても調べてみました。

残念ながら、年収は公表されていませんので、正確なことは分かりませんが、いろいろな資料から考えてみたいと思います。

サミットの2018年3月末現在の売上高は2,658億3,100万円と業界トップなので、当然サミットの社員の年収は、同じ業界の中でトップクラスです。

サミットのホームページにある採用情報によると、社員の年収は、27歳の販売担当の方が440万円、30歳のチーフが570万円とのことです。

サミットでは、30歳を過ぎると、実力によって給料が上がるようになっているそうです。

店長さんになると年収は800万円くらい、各地区をまとめるブロックマネージャーになると、年収なんと1,000万円くらいだとか。

サミットの役員の報酬は公表されていませんが、親会社である住友商事では、役員の年収は5,000万円くらいです。

それで、サミット社長であり、衣料品部門のサミット・コルモ社長も兼任されている竹野浩樹さんの年収は5,000万円を超しているのではないかと推測します。

竹野浩樹サミット社長の出身高校は?

竹野浩樹社長の出身高校についても調べてみましたが、残念ながら情報を見つけることはできませんでした。

竹野浩樹社長は東京出身で、大学も東京でしたので、東京の高校に通われていただろうと思われます。

もし、また情報が分かれば、こちらに追記させていただきます。

竹野浩樹社長の妻と子供は?

竹野浩樹社長の妻や子供さんなど、ご家族についても調べましたが、情報を見つけることはできませんでした。

もしかしたら、竹野浩樹社長はお仕事とご家庭をきちんと分けて、妻や子供さんについては非公開にされているのかも知れませんね。

まとめ

今回は、順調に業績を伸ばしているサミットの竹野浩樹社長を取り上げました。

サミットの成功は、竹野浩樹社長の考察力と実践力、そして誠実さにあるようですね。

規模は全然違いますが、私達が自分の計画を遂行する上で、学ぶべきことがたくさんあったように思います。

読んでいただき、ありがとうございました。



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