森和俊教授のプロフィールと経歴について!妻や子供は?業績も紹介!

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皆さん、こんにちは。

今年もノーベル賞の発表が近づいて来ました。

昨年はノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学の本庶佑教授が大きな話題になりましたね。

同じ京都大学、大学院教授の森和俊(もり かずとし)教授は、今年こそはノーベル賞に輝くのではないかと大きな期待を寄せられています。

森和俊教授は小胞体ストレス応答の研究で大きな業績を上げられている方です。

今回は、そんな森和俊教授のプロフィールと経歴、妻と子供そして業績についてお伝えします。

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森和俊教授のプロフィールと経歴

まず、森和俊教授のプロフィールと経歴について紹介します。

プロフィール

森和俊教授のプロフィールは以下のようになっています。

生年月日 1958年7月7日

出身地 岡山県倉敷市

1977年 岡山県立倉敷青陵高等学校卒業

同年 京都大学工学部合成化学科入学

1978年 京都大学薬学部製薬化学科へ転学部

1981年 京都大学薬学部製薬化学科卒業

1983年 京都大学大学院薬学研究科修士課程修了

1985年 京都大学大学院薬学研究科博士課程中途退学

同年 岐阜薬科大学助手

1987年 薬学博士(京都大学)

1989年 米国テキサス大学博士研究員

1993年 HSP研究所主任研究員

1999年 京都大学大学院生命科学研究科助教授

2003年 京都大学大学院理学研究科教授(生物科学専攻、生物物理学教室)

趣味は剣道とガーデニング

経歴

では森和俊教授の経歴を見ていきましょう。

森和俊教授は1958年7月7日、岡山県倉敷市に生まれました。

現在、61歳です。

森和俊教授は、子供の頃、漫画「鉄腕アトム」を読んで博士になりたいという夢を持つようになります。

小学生の頃から算数や理科が得意で、新聞の科学に関する記事を読んでいました。

そして中学生で素粒子物理学に興味を持つようになります。

日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士や2人目の受賞者である朝永振一郎博士にあこがれて京都大学理学部に行き、平凡な会社務めではなく、学問の道を進もうと決心します。

高校時代は京都大学理学部入学を目標に勉学に励みますが、思うように成績が伸びず、難易度の低い工学部を受験して、京都大学に入学することができました。

森和俊教授は京都大学工学部の合成化学科で学んでいましたが、大学1年生の時、新聞で利根川進博士のことを知り、分子生物学に興味を持ち始めます。

利根川進博士は1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞された方です。

分子生物学への関心が高まった森和俊教授は、2年に進級する時に工学部から薬学部に転学部し、製薬化学科で学ぶようになりました。

転学部なんて、あまり聞いたことがありませんね。

それができる程にその時の成績がよかったということでしょうね。

そこでの研究は森和俊教授にとって、大変面白いものだったそうです。

大学を卒業すると、中学校からの目標通りに大学院の博士課程へ進みました。

しかし、そこを修了する前に林先生という方からの誘いがあり、1985年に岐阜薬科大学助手になりました。

でも上司の指示のもとでの研究に展望を感じることができず、自分なりに分子生物学をやってみようと決心して、岐阜薬科大学を辞め、アメリカに留学したのです。

自分の夢のために安定した仕事を捨て、新しい世界に飛び込むなんて、なんて純粋で行動力のある方なんでしょう。

森和俊教授はテキサス大学で研究員として仕事を始めました。

そこで森和俊教授の生涯のテーマとなる「小胞体ストレス応答」(UPR)という現象に出会うのです。

森教授は、細胞内で異常なタンパク質を感知するセンサーの役割を持つ、「IRE1」を発見し、その論文が世界最高峰の学術雑誌「セル」に掲載されました。

その後帰国し、1993年にHSP研究所の主任研究員となりました。

そして1999年、新設された京都大学大学院生命科学研究科の助教授に就任

2003年には京都大学大学院理学研究科生物物理学教室の教授として迎え入れられます。

森教授は、学生としては入学することのできなかった京都大学理学部に教授として入ることができたのですね。

すごいことです。



森和俊教授の妻や子供について

森和俊教授には妻と3人の子供さんがいらっしゃいます。

妻とは1988年に結婚されました。

森教授が助教授という安定した仕事を辞める前の年です。

そして翌年、森教授は結婚したばかりの妻を連れてアメリカに渡られるのです。

周りは随分反対したそうですが、森教授はそれを振り切ってアメリカに行かれます。

妻は夫である森教授の夢を応援されたんですね。

でも、見知らぬ土地に行かなければいけないというのは、内心とても不安だったことでしょうね。

それでも共に行かれた妻は偉い方だなあと思います。

では子供さんについてです。

一番上の子供さんは息子さんです。

2002年に小学校に入学されたそうですから、現在は23歳くらいだと思います。

子供さんが小学生の頃、父親の森教授もされている剣道をしていて、何と森教授がボランティアでその小学校に剣道の指導に行かれていたのだそうです。

2番目の子供さんは娘さんです。

この子供さんの誕生を機にお家を買われたそうです。

3番目の子供さんの情報は見つけることができませんでした。

森和俊教授は研究者として世界で一流の方ですが、家族を愛されているとてもいい夫、そして父親のようです。



森和俊教授の業績は?

tomonさんによる写真ACからの写真

森和俊教授は「小胞体ストレス応答」の研究でたくさんの業績を作って来られました。

「小胞体ストレス応答」というのはタンパク質の品質を管理する現象のことです。

細胞内にある小胞体という場所でたんぱく質が作られますが、そこはただ作るだけでなく、健康に害を与える不良なタンパク質があったら修理したり、廃棄したりする品質管理をするところなのだそうです。

森和俊教授はそのメカニズムを解明しました。

そして今、その働きを利用して、がんや神経疾患に効く新薬の研究が進んでいます。

森和俊教授のこれまでの業績は以下のようになっています。

1997年 生化学会奨励賞

2005年 ワイリー賞(アメリカのワイリー財団が授与している生命医学の賞)

2006年 生化学会柿内賞

2008年 大阪科学賞

2009年 ガードナー国際賞(カナダのガードナー財団より与えられる学術賞)

2010年 紫綬褒章

2011年 上原賞(大正製薬元社長、上原正吉の足跡を記念して贈られる賞)

2013年 朝日賞

2014年 ショウ賞生命科学および医学部門香港メディア王、邵逸夫に因んだ賞で、「東洋のノーベル賞」と言われる。)

同年 アルバート・ラスカー基礎医学研究賞

2015年 トムソン・ロイター引用栄誉賞

同年 日本学士院賞 恩賜賞(日本学士院賞は日本の最も権威ある学術賞)

2018年 生命科学ブレイクスルー賞

同年 安藤百福賞大賞

2018年 文化功労者

すごい業績ですね!

今年のノーベル医学・生理学賞の受賞が期待されますね!

森和俊教授の出身高校と大学について

森和俊教授の出身高校と大学についても見ていきましょう。

森和俊教授の出身高校は岡山県立倉敷青陵高校です。

倉敷青陵高校は岡山県倉敷市羽島にある県立高校で、明治41年に創立されて111年の伝統を誇る高校です。

倉敷青陵高校の出身者には浅草キッドの水道橋博士さんやシャープ元社長の片山幹雄さんなどがおられます。

森和俊教授の出身大学は京都大学です。

京都大学は日本で2番目に創設された国立大学で、受験生にとってはトップクラスの難関大学です。

京都大学は勿論、各界の著名人を多数輩出しています。

森和俊教授は中学時代から京都大学に行こうと決めておられたというから驚きですね。

森和俊教授の若き日からの憧れだった湯川秀樹博士も朝永振一郎博士も、そして大学時代に心惹かれた利根川進博士も京都大学理学部の出身です。(湯川博士と朝永博士は京都帝国大学時代)

森和俊教授と剣道について

反射率 0.39さんによる写真ACからの写真 

森和俊教授は趣味で剣道をされています。

趣味と言っても、1998年には5段を取得しておられるので、すごい腕前です。

忙しくてずっとされていませんでしたが、前述したように子供さんの小学入学をきっかけに2002年4月から再開されました。

そして地元の小学校での指導をされ、その後は京都府の右京警察署であっている太秦少年柔剣道愛好会の部長になられ、子供達の育成に力を入れて来られました。

森和俊教授とガーデニングについて

andreas160578によるPixabayからの画像

森和俊教授の趣味はもう一つあって、それはガーデニングです。

花壇に植えた花の手入れが毎朝の日課だそうです。

お忙しいのに、素敵ですね!

ガーデニングは心のリフレッシュや癒やしになるので、新しい研究に向かうのにとてもいいのかも知れませんね。

森和俊教授はお庭の一部を芝生にして、そこでご自分の研究チームの歓迎バーベキューパーティーを開催されていたそうです。

とても優しい方なのですね。

こんな森和俊教授のノーベル賞受賞を期待したいと思います。



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