九重佑三子は何歳か気になる!プロフィールは?結婚と家族も調査!

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皆さん、九重佑三子(ここのえ ゆみこ)さんってご存じですか?

ある程度の年齢の方なら絶対知ってますよね。

そう、初代コメットさんです!

テレビドラマ「コメットさん」、私が小学生の頃にあってました。

毎週、月曜の夜は「コメットさん」を見るのを楽しみにしていたものです。

あれから○十年が経ちましたが、九重佑三子さんは現在も若々しいお顔で活躍中です。

しかも、大晦日の「第53回年忘れにっぽんの歌」に出られるとか。

「えっ、九重佑三子さんって何歳なの?私より絶対歳だけど・・・(汗)」

若々しく見える九重佑三子さんは一体何歳なのか、気になりだした私です。(笑)

それで今回は、九重佑三子さんは何歳なのか、そしてプロフィールや経歴、結婚、家族について調べました。

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九重佑三子さんは何歳なの?

子供の頃からテレビで見ていたのに、いつまでも若々しい九重佑三子さんって、一体何歳なのか、ほんと気になります。

九重佑三子さんは今年74歳でした!

九重佑三子さんは1946年3月21日に誕生されました。

1946年って、かなり昔です・・・。

終戦が1945年ですから、終戦の翌年に生まれられたということですね。

ちなみに、1946年生まれの芸能人には堺正章さん、倍賞美津子さん、西川きよしさんなどがいらっしゃいます。

蒼々たるメンバーですね!

九重佑三子さんがコメットさんをされたのは1967年ですから、21歳の頃だったのですね。

あの時の可愛くて活発な印象が、九重佑三子さんにはずっと残っていますよね。

だから、74歳って、びっくりです!



九重佑三子のプロフィールと経歴

それでは九重佑三子さんのプロフィールと経歴を見ておきましょう。

プロフィール

まず、九重佑三子さんのプロフィールをまとめました。

九重佑三子

本名 田邊裕子

生年月日 1946年3月21日

出身地 東京都台東区上野

出身校 私立十文字中学校、私立十文字高校中退

特技 書道

1963年 ダニー飯田とパラダイスキングのメンバーとして「シェリー」で歌手デビュー。

1967年 テレビドラマ「コメットさん」で主演。

同年 第18回NHK紅白歌合戦で紅組の司会を務める。

1968年 第5回ギャラクシー賞を受賞

1973年 結婚。育児のため一時芸能活動を休止

復帰後は夫婦でのコンサートやバラエティ番組のコメンテーターとして活躍。

経歴

それでは、九重佑三子さんの経歴を見ていきましょう。

九重佑三子さんは1946(昭和21)年3月21日、東京都台東区上野桜木に生まれます。

父親は書道塾をされていました。

だから九重佑三子さんも書道がお得意なのですね。

九重佑三子さんは生まれた時に呼吸をしていませんでした。

それで父親が背中を叩いて、やっと泣き始めたそうです。

実はこれ、私も同じです・・・。(笑)

九重佑三子さんは、高校では体操をやっていて、将来は体操の先生になりたいと思っていました。

でも、ある時、お姉さんに頼まれてパラダイス・キングの演奏会の手伝いをしていた時に、リーダーのダニー飯田さんに声をかけられて芸能界に入ることになりました。

九重佑三子さんはもともと歌は好きだったそうで、お家の手伝いをして稼いだお小遣いでエルビス・プレスリーなどのレコードを買っていたのだそうです。

九重佑三子さんは、ダニー飯田さんに歌の練習を勧められ、高校生にしてジャズ喫茶に通い、歌を練習します。

3ヶ月後には坂本九さんのバックコーラスをしたそうですから、もともと歌の才能があって、ダニー飯田さんはそれを見抜かれたのでしょうね。

その翌年の1963年、九重佑三子さんは「シェリー」でレコードデビューされます。

驚きですね!

九重佑三子さんの父親はしつけに厳しい方で、芸能界に入るのには大反対だったそうです。

でも後では応援してくださったそう。

1967年、21歳の時にテレビドラマ「コメットさん」の主役になり、お茶の間の人気者になります。

そして、その年のNHK紅白歌合戦の紅組司会者に、当時最年少で大抜擢されました。

「コメットさん」は国内だけでなく、中南米、特にメキシコで大人気になったそうです。

1971年には、「アローン・アゲイン」をカヴァーした「また一人」をリリース。

1973年に結婚後はしばらく芸能活動を休まれていましたが、その後は夫婦でのコンサートや、バラエティ番組のコメンテーターなどで活躍されました。



九重佑三子の結婚について

九重佑三子さんの結婚についても見ていきますね。

九重佑三子さんは、ご存じの方も多いと思いますが、歌手の田辺靖雄さんと結婚され、芸能界のおしどり夫婦として有名です。

田辺靖雄さんも高校時代にスカウトされて芸能界に入られた方です。

お二人は歌番組「ヒットパレード」で初対面。

当時、九重佑三子さんは事務所から「男性タレントとは話してはいけない。」と言われていたそうで、田辺靖雄さんは、そんな九重佑三子さんに対して「生意気で無口で変わった子」という印象を持たれたそう。

その後、お二人はテレビでの共演が続き、一緒にいる時間が長く、自然と仲良くなられるのですが、あまりに親密になり、なかなか結婚にまで進まなかったそうです。

それで、見かねた事務所や黒柳徹子さん、坂本九さん、渥美清さんなどの大物芸能人に後押しされ、森繁久彌夫妻の媒酌のもと、1973年にめでたく結婚されました。

す、すごい!!

先輩方に愛されていたお二人なのですね。

九重佑三子の家族は?

最後に、九重佑三子さんのご家族について紹介します。

九重佑三子さんには夫、田辺靖雄さんご長男の田辺晋太郎さんがいらっしゃいます。

夫は田辺靖雄

夫、田辺靖雄さんとは、周りの応援でめでたくゴールインし、その後、ずっとおしどり夫婦と言われる仲の良さです。

夫の靖雄さんは1945年4月5日の生まれですから、九重佑三子さんよりもちょうど1歳年上です。

靖雄さんの父親は元NHKアナウンサーの田辺正晴さんです。

育児のために一時活動休止だった九重佑三子さんが芸能活動を再開すると、ご夫婦でステージに立ったりテレビ出演をしたりすることが多くなりました。

そうやって2人3脚でがんばってこられた九重佑三子さんと夫、靖雄さんですが、2007年のある日、突然足がしびれて動かなくなる病気が靖雄さんを襲います。

お医者さんからは「車椅子の生活になります。」と言われ、入院を勧められましたが、九重佑三子さんは「私が治す!」と言って靖雄さんを連れて帰ったのだそうです。

そして心を鬼にして靖雄さんに厳しく接してリハビリを手伝い、とうとう愛する夫の病気を治したのです。

すごいです!

こうして試練を乗り越えた二人はその後も、お互いを尊重しながら活動されてきました。

お二人は最初から家事も分担する現代的な夫婦だったようです。

2014年、田辺靖雄さんが作詞作曲し、九重佑三子さんとのデュエットシングル「明日がまだある」がリリースされました。

これは、リベレステのCMソングですが、シニア世代への応援歌です。

長男は田辺晋太郎

長男の田辺晋太郎さんは1978年11月5日に誕生されました。

ミュージシャンですが、肉マイスターとしても有名で、「食のコンシェルジュ協会」を立ち上げ初代代表理事になられるほどです。

田辺晋太郎さんの妻はフリーキャスターの本村由紀子さんです。

長男の田辺晋太郎さんには二人の男の子がおられます。

九重佑三子さんのお孫さんですね。

以前、「芸能人対抗!家族のキズナ歌合戦」に九重佑三子さん夫婦と二人のお孫さんが出演されて、4人で楽しく歌っている画像を見ましたが、とても可愛いお孫さん達です。

家族が仲がいいって、一番大事なことですよね。

まとめ

今回は、若い頃、「コメットさん」で大人気だった九重佑三子さんは何歳なのか、そしてプロフィールや結婚、家族についてお伝えしました。

74歳とは思えないほどに若々しい九重佑三子さんですが、あるインタビューで以下のように語っておられました。

私は、人生これでいいんだ思う事は絶対ないんです。毎日どこに行っても誰と会っても、そこで何か感じるものがあるでしょ。それを一つずつ新鮮に受け止めています。毎日一つ一つワクワク感を持って生きていく。それが私の若さの秘訣でもあります。

引用元 https://jyukunen.net/?p=971

九重佑三子さんは本当に素晴らしい人生を歩んで来られたんですね。



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