本堂杏実(パラアルペンスキー)の出身高校と大学!父母は?ラグビーの経歴も!

もうすぐ北京パラリンピックが始まります。

注目選手の中に、アルペンスキーの本堂杏実(ほんどう あんみ)選手がいます。

本堂杏実選手はラグビーの選手でありながら、スキー競技を初めて1年半で2018年の平昌パラリンピック出場を果たしました。

今回は、本堂杏実選手にとって2度目のパラリンピックです。

今回は、そんな本堂杏実選手の出身高校と大学、父母、ラグビー、そしてプロフィールと経歴についてお伝えします。

同じアルペンスキーの村岡桃佳選手、森井大輝選手、狩野亮選手、髙橋幸平選手についてはこちらをどうぞ。

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本堂杏実の出身高校と大学

まず、本堂杏実選手の出身高校と大学についてお伝えします。

本堂杏実選手の出身高校は日体桜華高等学校です。

日体桜華高等学校は東京都にある私立の高校で、日本体育大学の併設校です。

入学当時、日体桜華高校にはラグビー部がなかったので、本堂選手はサッカー部に入部しました。

2年生になる時にラグビー部ができましたが、部員が集まらず、本堂選手は他の高校との合同チームで試合に出ていたそうです。

また、本堂杏実選手の出身大学は日本体育大学です。

本堂杏実選手は日本体育大学の体育学部健康学科を卒業しました。

日本体育大学は、今までに日本代表選手を多く輩出している女子ラグビーの強豪校です。



本堂杏実の父母について

次に、本堂杏実選手の父母について見てみたいと思います。

本堂杏実選手の父親は勝之さん、母親は純子さんとおっしゃいます。

本堂杏実選手の父母は、障がいを持っているからと言って杏実選手を特別扱いせず、何でも他の子たちと同じように育てられました。

父親の勝之さんがラグビーをしておられた影響で、杏実選手も5歳からラグビーを始めました。

弟の杏虎(あとら)さんもラグビーをしておられ、日体大のラグビー部に所属しておられました。

母親の純子さんは、杏実選手が将来困らないように、小さい頃から靴紐も自分で結べるようにしつけます。

小学校低学年の頃、指がないことで男の子にいじめられ、泣いて帰った時には「おまえには心がないんだ。」と言い返すようにと杏実選手に檄を入れたそうです。

そんな母親はスキーが好きで、それで杏実選手も3歳からスキーをしていました。



本堂杏実のラグビー経歴

本堂杏実選手は父親の影響で5歳から川越ラグビースクールに通っていました。

本堂杏実選手は小柄ですがタックルが得意で、小学4年生の時に関東ユースの選抜メンバーになります。

中学生になると、「リバティフィールズ」という女子ラグビーチームでプレーをしていました。

上述したように、杏実選手は高校2年生からラグビーを再開し、18歳以下の関東選抜と日本選抜に選ばれました。

そしてサニックスワールドラグビーユース交流大会2014で優勝します。

本堂杏実選手が日本体育大学1年生の時は、ピンクリボンカップで優勝し、MVPを2つ獲得しました。

2年生の時は、太陽生命ウイメンズセブンズシリーズ2016の年間総合優勝に大きく貢献しました。

そんな風に、ラグビー選手として大きな活躍をする本堂杏実選手を見て、ラグビー部の顧問から、パラリンピック出場への誘いを受けるのです。

本堂杏実のプロフィールと経歴

それでは、本堂杏実選手のプロフィールと経歴をお伝えします。

プロフィール

本堂杏実選手のプロフィールは以下のようになっています。

名前 本堂杏実(ほんどう あんみ)

生年月日 1997年1月2日

年齢 25歳(2022年2月現在)

出身地 埼玉県所沢市

最終学歴 日本体育大学 体育学部 健康学科

所属クラブ 株式会社コーセー

マネジメント会社 株式会社WIN AGENT

2018年 平昌パラリンピックに出場 女子スーパー複合10位、女子回転8位

2019年 世界パラアルペンスキー スーパー大回転2位

2022年 WPSS世界パラスキー世界選手権大会 滑降5位、スーパー大回転5位、スーパーコンビ6位

同年3月 北京パラリンピックに出場

経歴

本堂杏実選手は1997年1月2日、埼玉県所沢市に生まれました。

年齢は25歳(2022年2月現在)です。

身長は152cm。

小柄なんですね。

本堂杏実選手は生まれながらにして左手の5本の指がありません。

しかし、とても活発で運動が好きな子供でした。

そして小さい頃から負けず嫌いでした。

杏実選手は、父親の影響で5歳からラグビーを始めます。

小学校でもラグビーを頑張りますが、もともと集団で何かをするのが苦手な杏実選手は、ラグビーより個人競技のボクシングの方が好きだったのだそうです。

それでも、ラグビーで活躍して成績を残すので、結局ラグビーを続けることになりました。

中学時代は女子ラグビーチーム「リバティフィールズ」でプレーしながら、学校では陸上部に。

本堂杏実選手が中学3年生の時はハードルで県大会に出場しました。

杏実選手は、結局どのスポーツをやっても力を発揮するんでしょうね。

本堂杏実選手は、日体桜華高校時代、できたてのラグビー部で部員も揃わず、満足感も得られないのでやめたいと思ったのですが、選抜チームに選ばれたので「じゃあ、がんばってみよう。」という気になったそうです。

杏実選手って、素直でかわいいですね。

そして日本体育大学でもラグビーを頑張っていました。

そんな時に、ラグビー部の顧問から「パラリンピックに出てみないか。」と言われたのです。

それはパラリンピック冬季大会でメダルを取れるような選手を育成するために「日本体育大学スキー部パラリンピック出場応援プロジェクト」というのが立ち上がったからでした。

陸上でパラリンピックに出場するという選択肢もありましたが、杏実選手は幼い頃から親しんできたスキーを選びました。

そして、パラリンピックへの挑戦が始まったのです。

本堂杏実選手は2018年の平昌大会の前年、国内外でのいくつもの合宿に参加し、努力を重ねてきました。

右手でストックを持ち、バランスを取るために左手には400gの重りを付けて練習したのだそうです。

そして2018年、平昌パラリンピックに出場。

本堂杏実選手は、女子スーパー複合10位、女子回転8位という成績を残しました。

しかし、2020年冬に、前十字靭帯断裂という全治7ヶ月の負傷を負います。

2022年の北京パラリンピックに向けて闘志を燃やしている時の大怪我に、本堂杏実選手はさぞショックだったことでしょう。

でも、本堂杏実選手は持ち前のポジティブ精神で、この大きな試練を乗り越え、2022年の北京パラリンピックに出場します。

本堂杏実選手は2021年秋から、スイスやオーストリアでの合宿を続けてきました。

本堂選手は、前十字靭帯がまた裂けるかもしれないという不安や恐怖と闘いながらトレーニングをしてきたのだそうです。

すごい人だと思います。

まとめ

今回は、アルペンスキーで北京パラリンピックに出場する本堂杏実選手の出身高校と大学、父母、ラグビー、そしてプロフィールと経歴についてお伝えしてきました。

本堂杏実選手は、障がいがあったことで人生を謳歌できていると語っておられます。

普段、当たり前のように生活しながらふと自分の手を眺めるときがあって、そんなときに「私は手がないからこうして人生を謳歌できているんだな」と感じるんです。手があったらラグビーも中学や高校で辞めていたかもしれませんし、もしかしたら何の取り柄もないまま生きていたかもしれません。何より手がなかったからこそ両親も強く育てようと私にいろんな挑戦をさせてくれて、それによって負けず嫌いな人間になれたのだと思います。

引用元 https://www.suntory.co.jp/culture-sports/challengedsports/ourpassion/news/2021/20211227468.html

本当に素晴らしい方です。

本堂杏実選手の北京パラリンピックでの活躍を期待します!




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