福島忍(パラリンピックアイスホッケー)の経歴や結婚について!妻と子供が気になる!

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昌オリンピック、盛り上がっていますね!

羽生結弦選手と小平奈緒選手の金メダルには感動しました。

その他の選手達も本当に凄いです。

そんなオリンピックもあと5日で終わります。

何か寂しいですね。

でも、3月になったらパラリンピックが始まりますよ。

こちらも見どころ満載なので、楽しみにしていてくださいね。

さて皆さん、パラリンピックに凄いレジェンドがおられること、ご存知ですか?

それはパラアイスホッケー福島忍(ふくしま しのぶ)選手です。

何と61歳なんですよ。

61歳で日本代表選手だなんてすごすぎですよね。

今回はそんな福島忍選手についてお伝えします。

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福島忍の経歴は?

福島忍選手は1956(昭和31)年12月14日、静岡県藤枝市に生まれました。

幼い頃から運動能力に優れ、小学生の時にサッカーを始めました。

専門学校やクラブチームでゴールキーパーとして活躍し、「ヤマハ発動機」(ジュビロ磐田の前身)から誘いを受けたこともあるそうです。

しかし24歳の時、オートバイ事故で脊椎を損傷し、車いす生活になります。

それでもスポーツがしたくて、車いすバスケットを始め、日本代表を目指しますが、練習のやりすぎで体を壊してしまいます。

その後、39歳の時、長野パラリンピックに向けたアイスホッケー選手の公募があり、それに応募します。

結果は落選。

それが悔しくて、その後ずっと長野県岡谷市の長野サンダーバーズに所属し、パラアイスホッケーを続けています。

そして、今回、4大会連続のパラリンピック出場になります。

2017年10月、スウェーデンで平昌パラリンピック最終予選が行われました。

その際、福島選手は好セーブを連発して日本のゴールを守り抜きます。

4か国と戦い、3勝1敗というすばらしい成績を残しました。

これまでのパラリンピック アイスホッケーの日本の成績は、2002年ソルトレイクシティ大会と2006年トリノ大会では5位、2010年バンクーバー大会では2位でした。

しかし、2014年のソチ大会は残念ながら出場権を逃しました。

8年ぶりとなる平昌大会では、何とかバンクーバーの上を目指したいと福島選手の心は燃えています。

現在、車いすや福祉・介護用品を製造販売する株式会社ニックの社員として、静岡県内の身体障害者施設や病院を車で回り、車いすの修理や販売を行っています。

そして、週に一度、自宅のある静岡県藤枝市から長野県岡谷市のリンクまで車で通い、練習を続けています。

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結婚と妻について

福島忍選手は40歳の時、結婚されました。

妻は輝美代さんとおっしゃいます。

福島選手より8歳年下のようです。

妻の輝美代さんは結婚してから今まで、ずっと、福島選手の競技人生を支えてこられました。

福島選手は、仕事でいつも帰宅が夜遅くなります。

長野での練習の時は、夜中に自宅を出発し、片道3時間の道のりを運転されます。そして明け方から練習。

こんなハードな生活を20年余り続けてこられました。

そんな驚異的なことができたのも、妻の愛情に支えられてのことだろうと思います。

8年前のバンクーバー大会の時、輝美代さんは現地で応援されていました。

銀メダルが決まった後、「長いようで短い10数年だった。福島忍の妻でよかった。」と、感慨深げに話しておられました。

子供は?

福島忍選手夫妻には子供はいません。

実は、妻の輝美代さんは子供を望んだのですが、福島選手は、自分を競技に専念させて欲しいと頼んだのだそうです。

輝美代さんは悩んだ末に、夫の願いを受け入れ、二人でパラリンピックへの挑戦を続けてきました。

女性として、これは本当に辛い選択ではなかったでしょうか?

夫を支え続け、「福島忍の妻でよかった。」と言われる妻、輝美代さん。

今の福島選手があるのは、輝美代さんのおかげですね。

現在は、夫婦と犬3匹との生活をされています。

まとめ

福島忍選手の一途な人生、本当に凄いですね。

自分に厳しい方ですが、年下のチームメイトからも「フクちゃん」と呼ばれて親しまれている明るくて優しい方でもあります。

パラアイスホッケーは体と体がぶつかり合うとても激しいスポーツなので、体力の消耗も大きいでしょうが、今までの経験を生かして、チームを勝利に導いていって欲しいと願っています。

福島忍選手の活躍を祈ります!

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